決壊
空から降るように吹く風が髪を乱す。視界を遮った髪を耳へと掛けながらレイアは小さくため息をついた。
赤い髪に大柄な体。人ごみにいてもすぐに判るほど目立つ己の姿。今まで何度となく悩んできたことだったが
こんなにもそれが恥ずかしいと思ったのは今日が初めてだった。
「きれいだったな」
小さくてかわいくて少しでも力をいれたら折れてしまいそうな柔らかくて細い体。髪は艶やかに明るく輝き瞳は青く澄んだ
湖のように煌めいていた。
「お似合いだった」
隣にいるのが自然で微笑みを交わす姿はまるで一枚の絵のようだった。その場に張り付くように動くことができずにいた
自分があまりにも滑稽で惨めな気がした。かけられた声を振り切るように逃げ出したのはどれくらい経ってからだろう。
仕事は終えたというのにいつの間にか足が元来た道へと戻ったのは無意識なのだろうか。それとも自分がいるべき場所は
ここ以外にないと知らしめるためにだろうか。どちらにせよ最近の自分の意識の甘さを自覚させられたかもしれない。
「私には剣がある」
憧れの人を目指して隣で肩を並べることができた。今まで思い描いていたことが実現できて何の不満があるだろう。
一人の護衛官としてあとは経験を積み重ねていくだけだ。信念の元に前へと進んでいくだけなのにどうしてこんなにも
心が痛くなるのだろうか。
「……どうして」
瞳に溢れた雫が頬を伝って流れ落ちる。止めどなく次から次へと。どんなに悔しい思いをした時でさえ泣いたことなど
なかったのにこんなにも簡単に涙が流れる。ただ一人の人を想って。
「情けない」
複雑な意味のこもった呟き。自嘲するように微かな笑みを浮かべたレイアを一つの声が遮った。
「レイア!」
その声に弾かれたように肩が揺れる。聞きたくなかったはずなのに心の中へと飛び込んでくるのは自分の意志の弱さ。
今は苦しさしか運んでこない存在から逃れるため走り出そうとしたレイアは足を進めることなくその場へと縫いとめられた。
「泣いているのか」
「ちがっ……離して下さい」
「こっちを向いてくれたら離すよ」
淡々と紡がれる言葉に抑揚のない声なのに感情の強さを伝えてくる。掴まれた手を抜こうとしてもレイアの力ではびくとも
しなかった。
「……俺のせいなのか」
苦しそうな声に弾かれたように上げた顔がカークを捉える。泣いているのは自分の方なのにその瞳は涙を浮かべたように
光っていた。
「違います!それに私泣いていません!」
「泣いている」
「カーク様こそ!カーク様こそ泣いています」
たとえ涙が浮かんでいなくても心で泣いている。誰よりも毅然として微笑みをくれる人が静かに隠すことなく。
「あの人に会うことはないよ」
「何のことかわかりません」
「俺が言いたかったから。ごめん」
「カーク様の言うことはわかりません」
素知らぬ振りをしてもいいのに言うなんて。勝手に自分の感情を高ぶらせただけなのに謝る事なんてないのに。
「……お仕事はどうされたんですか」
「途中だな」
泣き笑いのような顔がほっとした顔に変わる。それくらいカークに心配をかけていた自分に腹が立つと同時に先程までの
苦しい気持ちが小さくなったことに気が付いた。悔しいけれど救い上げてくれるのもまた彼だけなのだ。
「あなたは私の心を乱す」
「レイア?」
呟いた言葉はカークには届かない。
それでいい。あなたは私をどのようにでも変えてしまう唯一の存在なんて言えるはずもない。
そしてそんなあなただから仕事としてではなくあなたを守りたいと思うようになったなんて。
私はあなたを守る盾となろう。それが私の幸せとなるのだから。
6周年企画作品 テーマ:感情 涙
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