微かに触れて



「えっ、ちょっと……シェルフィス!」

言葉なく近づいてくるシェルフィスにマリオンが一歩下がる。広いとはいえ限られた空間しかない場所は本棚に行き場をふさがれてしまう。
いくら好意のある相手とはいえ突然の行動には嬉しいより戸惑いが大きい。いや、正直恐怖も感じている。
いつも二人きりの空間でいることに完全に慣れたとは言えないのにいきなりのことだ。感情が読みにくい相手が無言で迫ってくることはいくら
マリオンでも平静ではいられない。

「え……」

怖くて目を閉じてしまったマリオンだが優しい感触を感じて慌てて目を開けた。

「熱がある」

間近にある灰色の瞳。奥に見える青い色が心配気に揺れているように見えた。大きな掌が確かめるように触れた後マリオンの頬を
滑らせながら離れていく。
呆然としていたマリオンの意識が次の瞬間、沸騰したように一気に上昇した。

「ね、ねつ?」

「自分で気が付いていなかったのか。かなり熱い」

そういえば、なんとなく体がだるかったような……。

でも、今体が熱いのはそれだけじゃないはずだ。急に大切な人に触れられて間近に視線を合わせられれば何ともなくても体温くらい上昇も
してしまうだろう。

「今日はもう無理をするな。部屋で休んだ方がいい。一人で帰れるか」

大丈夫じゃないと言えば部屋まで送ってくれるのだろうか。でも……。

「ええ、少しぼーっとするだけだから。心配かけてごめんなさい」

こんな状態の時にシェルフィスが隣にいる方が心臓が踊りすぎてもっと大丈夫じゃない。
少し惜しい気もするけれど優しさを感じられただけでも心が満たされたのだからそれでよしとしよう。

「それじゃあ、お先に失礼させてもらいます」

「ああ、ちゃんと休め」

髪を滑るように撫で微笑みを見せるシェルフィスにマリオンはいくつもの感情を交えたざわつきを感じたのだった。



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