微かな日々に



乱れた髪を後ろ手にまとめると紐でしっかりと束ねていく。

覚束ない手つきだった頃が幾分も昔に思える。鏡を見ずにするその些細なことに毎回緊張をしたものだが今では何とか変に見えない程度には
ちゃんとできるようになった。鍛錬の度乱れる髪は面倒だが慣れてしまえば大したことはない。

「髪、大分伸びたな」

ふと掛けられた声にレイアは剣を磨き始めた手を止め顔を上げた。まっすぐで柔らかな視線とぶつかり心臓が高く跳ね上がる。
力が抜け落ちた手から落ちていく剣を慌てて革布で受け止めた。己の命を守ってくれる大切な装備を扱う時には少しの神経の乱れもないよう
気を付けているのにたった一つの言葉がそれを壊してしまう。

自分の鍛錬が足りないのか、カークが与える影響が大きいのか。

どちらにせよ、ずっと向けられた視線に耐え切れず、レイアは動揺している心を覗かれないよう急いで口を開いた。

「そうですね。しばらく切っていませんから」

「いつから?」

「カーク様に会ってしばらくしてからだと思います」

「それまでは伸ばしていなかったのか?」

「邪魔、でしたから」

この世界は男性社会だ。剣を取る女性は少ないとはいえいないわけではないが、どうしても男性より劣るものとして見られてしまう。
女性であることを捨てることはないのかもしれないが、武器を扱う以上、短い方が邪魔にはならない。
それに下衆な見方をされることもある。女性であることを武器に勝利を勝ち取るのだろうと。
ずっと護衛騎士を目指していたレイアにとってそれは屈辱以外の何物でもなかった。だから女性として有利に見られるものはできるだけ
排除してきたのだ。それにもともと自分の髪が好きではなかったからちょうど良かった。そう、よいことばかりだったはずなのに。

「短い髪もいいが長い髪の方が煌めいてとてもきれいだ」

カークの言葉でレイアの心臓が強く痛む。いつでも周りに影響を与える人だが、律してきたはずの自分の決意を変えるほどの揺さぶりを
簡単に与えてしまう。暗い方向へと向きがちなことさえ良い方向へと導いてしまうのだ。
あんなにも嫌いだった自分の髪を伸ばしてみよう、長い髪でいたいと思うくらいに。

「この色で長いと遠目でもわかりますものね」

悔しくてつい意地悪なことを言ってしまう。それなのにカークの優しい言葉が欲しくて待ってしまうのだ。その口から出る次の言葉を。

「俺にはどこにいてもわかる。レイアを見ているから」

待ち望んだ心の容に安どする。カークはちゃんと自分を見てくれているのだと。

「……私も、です」

「レイア?聞こえなかった。もう一度言ってくれるか」

恥ずかしさのあまりか細い声しか出ない。それを誤魔化す為にわざと大きな声を張り上げた。

「何でもありません。それよりもうすぐ時間ですよ!」

冷静を装って怪訝に見てくるカークを追い立てる。自分が同じように相手を見ていることなどとっくにカークにはわかっていることだろう。

単なる一人の女性たる気持ちを抱くことを今ではほんの少し許せることができるようになった自分も悪くない。

そんな温かさで溢れた日々に感謝を。



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