完敗 

 受難と幸福の出会い 3 



「やっぱりまずいだろうな」

屋敷の一角、誰も近づけない場所で二人きりだ。
屋敷の者達は良からぬ想像を働かせきっとやきもきしていることだろう。
だが違う意味で二人きりだとまずいのだ。
クラウドとて普通に二人きりなら目の保養にとでも(やましい意味ではなく)ゆっくり眺めているだろうが今はその余裕もない。
ふわふわの柔らかそうな髪があっちにふらふらこっちにふらふら先程から止まることなく行き来している。
折れそうな細い腕には不似合いなものが握られいたが、どんなに体が定まらなくてもその持ち主は決して離そうとしなかった。
そんな所に彼女の意志の強さを垣間見てクラウドは心配の中にも笑顔を浮かべてしまう。

「あっ」

声とともに体が大きく揺れる。

「アイシスッ!!」

手に持った剣の重さに身体ごと後ろへと重心が持って行かれたアイシスにクラウドは
今までの余裕もかなぐり捨て倒れるであろう先へと必死の形相で滑り込んだ。

「……?せ、先生っ!」

どうしたらいいかわからず思わず目を瞑ってしまったアイシスだったが予想した床への衝撃の代わりに
温かく硬い感触が体を抱きとめてくれた。

「ぐっ」

右手に持った剣を手から跳ねのけ、同時にアイシスの体が痛くないように自分の体で受け止める。
どうにか間に合ったが少し無理な体勢をしたせいか胸の辺りに一瞬息が止まるような痛みを感じた。

「先生っ、クラウド先生!大丈夫ですか?!」

「あ、あ」

詰まったような感じを振り切るために大きく息をつくように返事をする。
痛みをまだわずかに感じたが大事な事態になるより余程いい。
それに何よりも目の前の顔が痛みで歪む様を見たくなかった。

「わ、私、どうしたら……」

とっさのことにまだ気持ちも落ち着いていないのだろう。
普段のかわいい顔が泣きそうに歪んでいた。

「あわてるな、大丈夫だ。一瞬だけだったから。それよりアイシス、おまえは大丈夫か」

「はいっ、私は大丈夫です。それより先生が」

「俺は鍛えているからこれくらい……それはそうと」

慌ててクラウドの上から降りたアイシスへと目を合わせ右手を上げた。

叩かれる!

反射的に身構えたアイシスを襲ったのは予想に反して優しく頭を撫でる感触だった。

「先生」

「頑張るのはいいがいきなり頑張り過ぎると今みたいに体がついていかなくなる。
今持っていたのは練習用とはいえ本物の剣だ。
人も自分も傷つけるものだからな。焦らず徐々にやっていった方がいい」

「……怒らないんですか」

自分の力量も測りきれず見守ってくれているのをいいことに好き勝手をしている。
気持ちばかり焦っていることもわからずに無茶をしていた自分をクラウドは怒るだろうと思った。

「俺にもおまえの気持ちがわかるから怒れない」

早く自分をしっかりさせなければと他の時間も惜しんで練習していたアイシス。
そのために自分の許容量を超え疲れがたまっていることがわからなかったのだ。
真剣な表情でこちらを見るクラウドはそんなアイシスの気持ちを汲み取ってくれていた。
いつだってクラウドは気遣ってくれて見守ってくれて。
最初は嫌々の様子も見て取れたのに、とアイシスは強張っていた頬をほんの少し緩めた。

「駄目なことは駄目って言って下さいね、先生」

「おまえは頑張っている」

「先生は私に甘すぎます」

「俺がおまえに甘いのは今更じゃないのか?」

初めは絶対にうまくいかないと思った。立場も感情も何もかもが違い過ぎている。
お互いがわからないことだらけだったのにいつの間にかこんなにも近くなっていた。

「俺はおまえに完敗しっぱなしだ」

アイシスのくれる苦労はクラウドにはどんなにも甘く感じるだろう。
たとえそれが無茶なことだとわかっていても。
魅かれているものには無条件に認めないわけにはいかないし、結局先に魅かれた方が負けるのは
昔からの鉄則なのだから。



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