代えがたいひととき 



「ミルフィーン、そこどうしたんだ」

ランドルフの視線の先には自分の手があり、よく見てみると指先には赤い滴が脹らんでいた。

「ああ、さっきまでバラを摘んでいたから」

棘でひっかいてしまったのだろう。痛みを感じない程の小さな傷だ。そのままでもいいのだが服にでもついて汚れてしまってもまずい。わざわざ消毒するまでも
ないだろうと口元へと運ぼうとした指が途中で止められてしまった。

「そんなことをして何かあったらどうする」

「これくらい平気よ」

「治療はきちんとした方がいい」

険しい顔をしたランドルフがミルフィーンを咎めるように言うと手首を強引に自分の方へと引っ張るようにそのまま歩き出す。ミルフィーンの足が追いつかず
半ばたたらを踏むように覚束ない歩みも気にせずただ前だけを見つめて前へと足を運んでいく。

「……何か思い出すね」

幼い頃、言葉少なに連れて行かれたこと。自分の方がひどい怪我をしていても絶対にミルフィーンの治療を先にすることを譲らなかったこと。
治療はできなくとも水で傷を清め、終わるまでずっと傍についていてくれた。

「本当は俺がやりたかったんだけどな」

「ランドルフが?怖いなぁ」

多少強引でも優しく扱ってくれる手ならきっとちゃんと治療をしてくれるだろう。でもそうなったら自分の心臓の方が落ち着かなくてきっとじたばた暴れて
しまうかもしれないからやっぱりこれくらいでいいのかもしれない。

「怖くはないさ。だって本当はミルフィーンがさっきしようとした処置だから」

「さっきの?」

思い出した途端、顔が思い切り火照ってくる。そんな顔で睨み付けても何の効き目はないのはわかっていてもやらずにはいられない。
そんなミルフィーンの顔を楽しそうに覗いてくるランドルフとのひとときはミルフィーンにとって何よりも代えがたくくすぐったいものであった。



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