瞳の奥に潜むもの
「ミルフィーン、ほらっ、早く来いよ!」
大きく見開かれた瞳は楽しそうに輝いている。
無邪気な笑顔に見惚れ、ミルフィーンは差し出された手を思わず取り損なった。
城壁内の奥に広がる庭園は昔、ミルフィーン達の絶好の遊び場だった。
城の前にある広大な整然とした庭園とは違い、ある程度整われながらも自然のままの裏奥の庭園は
子どもにとってじっとはしていられないだろう。王族だとか臣下だとかを気にするように、深く考えるようになる前の
自分達にとっては思いっきり遊び倒す場所で毎日泥だらけになるまではしゃいでいた。
大きくなるにつれ自然とこの場所から遠のいてはいたがこうして今ここに来ても懐かしいだけではなく
魅力的な場所だと感じることに変わりはなかった。
「ミルフィ!」
いつの間にかランドルフの気持ちもその頃に戻ってしまったのだろうか。
声をかける時の口調や呼び方が小さな頃のものへと変わっていた。
「良かった」
最近沈んでいたランドルフが気になってカークに自由になる時間を空けてもらうよう頼んだ。
ミルフィーンが気になっていたのと同じようにカークも弟の様子をおかしいと思っていたのだろう。
即、ランドルフの予定を調整してくれた。兄妹思いのカークらしい。まずは悩んでいることを取り除かないとな
とミルフィーンを送り出してくれた。これでランドルフ側の予定はたったが自分の気持ちの調整の方が問題だった。
自分の時間は自分のやり方次第で空けることもできるしマリオンならミルフィーンのことへの融通はきかせてくれる。
自分のことは自分でできるからと自由になる時間をたっぷりくれるほどだ。仕事に関しては何も問題はない。
ミルフィーンが何か悩んでいることは敏感なマリオンは気づいている様子だった。
最近言いかけては口を噤み他へと話題を逸らしたりする。
いずれ何かしようとすることは予想していると思うがミルフィーンの気持ちを第一に考えてくれているのだろう。
ミルフィーンが時間を空けて欲しいと持ちだした時には幾分安堵した表情を浮かべていた。
*
「甘やかせ過ぎっ!」
安堵したのも束の間、すぐ上の兄には辛口なマリオンから厳し過ぎるほどの言葉が発せられた。
「マリオン、でも」
「もうっ、ミルフィーンはいつもお兄さまを甘やかせ過ぎよ!沈んでいるみたいだから元気にしてあげたいって?!
それくらい誰でもあることでしょう!沈むくらいなら自分で相談するなり何なり考えるべきだわ!」
心配するどころか情けないとばかりに怒りだしたマリオンにミルフィーンはかばうような言葉を恐る恐る紡ぎ出す。
「でも、ランドルフだって忙しいからなかなか時間もとれないだろうし悩むことがあればゆっくり考えないと……」
「だ、か、ら、ミルフィーンは甘いって言うの。
そもそもお兄さまも王族の一員なの。自分のことは後回しにしてでも国のことを考えなければいけないし
悩むことがあれば誰かに相談をするのは当然よ。それがたとえ話しにくいことであってもね。
国どうこうより悩んでいることを誰かに言うことができない、悩んでいる姿を他の人に見せてしまう。
そんなことは王族として絶対にやってはいけないことなの。
今のお兄さまは私達近しい人だけじゃなくて他の臣下たちにもその姿を見せてしまっているじゃない。
時間がないとかは理由にならない。一言いうだけでも解決のきっかけになるかもしれないのに!」
本当に駄目駄目なんだから、とマリオンは苦々しく言う。
表情や言葉で怒っていてもそれは心配という気持ちが強いからだ。
心配だからつい強い態度をとってしまう。
それがわかるからマリオンの怒る姿を見てもミルフィーンの心はうれしい気持ちに満たされていた。
「あなた達と一緒にいられてよかった」
いくら幼馴染でも王族と臣下という立場だ。一緒にいることで辛いこともたくさんある。
それでもそれ以上に楽しいこと、嬉しいことをお互いに積み重ねて来れた。
彼らといると自分が今まで以上に幸せなことを実感することができたのはお互いの努力と気持ちからだ。
だから好きでいられて良かったと素直に思うことができた。
「ミルフィーン」
強く掴まれた手にはっと意識を呼び戻す。ミルフィーンの瞳に映るのは青年の顔をしたランドルフの顔。
幼馴染としての無邪気な顔じゃない。昔には見ることのなかった一人の男性として想いをそのまま表情へと
表した姿だった。
「ありがとう」
「ランドルフ?」
「心配をかけてしまってごめん。でももう大丈夫だから。ここに来て思い出したんだ。
俺は一人じゃないし、一人だけで解決することもないんだって」
だからここへと誘ってくれたんだろう、と笑顔が浮かぶ。
ランドルフの笑顔にミルフィーンも微笑みながら問い返した。
「悩んでいたことはもういいの?」
「ああ。って言うより完全に解決したわけじゃないけど大丈夫。
これは俺が乗り越えていかなくてはならないことだしすぐに結論をだしてもいいことじゃない。
それに俺がまた悩んだとしてもミルフィーンは傍にいてくれるんだろう?」
「ランドルフ……」
「ミルフィーン」
「ええ。あなたの傍にいるわ」
「じゃあ大丈夫だ」
まっすぐに見つめてくる熱の籠もった瞳に吸い込まれそうになる。
いつしかミルフィーンと自分の名前を呼ぶようになったランドルフはその瞳や表情で雄弁と語る様になっていた。
「ミルフィーン」
その熱い瞳に囚われて抜け出せそうになくて今度は自分がランドルフに悩まされそうだと
ミルフィーンは静かに瞳を閉じた。
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