秘密
マリオンが奥の部屋から戻ると先程まで楽しそうにお茶の支度をしていたミルフィーンの姿がどこにも見当たらなかった。
扉が開いたような音はしなかったから続きの間にでも行ったのだろう。
何か足りないものでも取りに行ったのだろうかと思い、テーブルのセッティングをしようとテーブルの上の布を取上げようとした時
視線が動く影を捉えた。
「ミルフィーン?」
気配のあった方へと近づくと扉に張り付くように立つミルフィーンの姿が映る。
マリオンに気付くこともなく夢中で扉の外を覗いているのを訝しげに思いながら声をかけるとこちらが驚くほど大きく体が跳ね上がり
その勢いのままミルフィーンはマリオンへと振り返った。
「な、どうした……」
「マリオン、静かにっ!!」
あまりの勢いに動きの止まったマリオンの口を柔らかな手がやや乱暴に塞ぐ。普段は静かで落ち着きがあり親しいながらも
己の立場を崩さない彼女がこんな行動をするのは珍しい。
「一体何があるの?」
見られたくないであろうことはわかっていても好奇心を抑えることができずマリオンは扉を細く開き外を覗いていたミルフィーンを
軽く押しのけると同じようにこっそりと外を覗き見た。
「マリオン!」
瞳が二つの姿を捉えると同時に焦ったような声が後ろからかかる。それと同時にミルフィーンがマリオンの体を慌てて室内へと押し戻すと
開いていた扉をすばやくかつ静かに閉めた。合わせた視線はほんの少し左右を泳いでいる。ばつが悪そうに体が縮こまっているのを見ると
その理由が分かり過ぎるくらい分かる。笑ってはいけないと思いながらも笑いが込み上げて来てしまうのを止められない。
「ごめんなさい」
口を開きかけたミルフィーンより先にマリオンの口から謝罪の言葉が出される。だがその謝罪の言葉にもまだ笑いが含まれていた。
「ごめんなさい、決しておかしいから笑っているんじゃないのよ。嬉しいから笑えてきてしまったの」
「嬉しいって?」
ちょっと不貞腐れたように聞くのは恥ずかしいからなのだろうか。何にせよ今この瞬間は立場の関係のなかった頃のお転婆で勝気な
幼馴染が戻ってきたようでマリオンの口にはより笑顔が刻まれた。
「よかった。だっていつもお兄さまの方が積極的だもの。たまにはこういった時があってもいいかもしれないなって思ったの」
本人は気が付いていないけれど、と思いながら目の前で焦っているミルフィーンを落ち着かせるための言葉を口に乗せた。
「あの女の人はお兄さまが受け持っているお仕事に関係のある方よ。もちろんあの方のお父上が主なお相手だけど
あの方も貴族の女性には珍しく働いていらっしゃるから。きっと仕事関係のお話かお父上のことをお話されているんでしょう。
私もお話したことがあるけれどとてもさっぱりしていて良い方よ」
「そう、なの」
ほっとしたように胸を撫で下ろすのを見ているとミルフィーンははっとしたように慌てて弁解めいたことを言いだした。
「あ、そうじゃなくて、ランドルフが女の人と話しているなんてあまり見たことがなかったから興味があって……
じゃなくて、女の人に失礼な態度を取らないかなって心配になっただけだから!」
真っ赤に染まった必死の顔は慌て過ぎたせいかそれとも恥ずかしさか照れているからか。
両想いでありながらも積極性には温度差がある二人の姿をヤキモキしながら見守り続けているマリオンとしては
少しは安心できることだ。だがあの兄の空回り的な態度が変わらないようであればこれからも二人の間には
微妙なすれ違いが起こるだろう。
「絶対にランドルフには言わないでね、マリオン」
気のない振りをしながらもしっかりと言わないように念を押してくるミルフィーンはかわいい。
どうにかうまくいってくれるといいのにと思いながらマリオンはミルフィーンが落ち着くようにとお茶の準備をしようと
声をかけのだった。
back novel