春色日和
一年で一日だけの日。それはとても大切なはずなのに同じ一日でもあまりにもその差は歴然としていた。
人の数も違えば規模も小さい。昔に比べれば知られるようにはなったがそれでも地味だとも言える。まあ、敷地の片隅に
売り場がいかなくなっただけよいのかもしれないが。
「見てっ!」
支払いをすませ充実感に満たされたのか沙耶の口調は若干弾んでいる。良い買い物ができたのだろう。
手に持つ紙袋の中はそれぞれ個性を主張するパッケージに包まれたものがいくつか入っていた。
「まずはこれでよしっと。ねえ、この後どうする?」
「そうね、少し疲れたかしら。休憩がてらお茶でもしましょうか」
「賛成!どこがいいかな。どこか希望ある?」
「沙耶は?外まで行くと混む時間にかち合っちゃうからこの中の方がいいわよね」
「そうだね。う〜ん、それじゃあ……」
とりあえずこの場所を抜けてから案内図を見て決めることにすると視界に移る魅惑的なものに意識を集中しないよう、二人は足早に
その場を後にしたのだった。
*
「あぁ、生き返る」
ようやく冬を抜けつつある気温になってきたがここはまるで一足先に冬を忘れたかのような温かさだった。
夢中になっていたせいもあるが運ばれてきたお水を一気にあおる。それでも火照っているのか沙耶の顔は薄いピンク色に染まっていた。
「あんまり飲むとせっかくのものも入らなくなるわよ」
「大丈夫!別腹って言うでしょ。それより楽しみだね」
「少し意味が違うと思うけど。そうね、待つ間は特にわくわくするわね。ねえ、沙耶」
「なに?」
「今日買ったのってホワイトデーのお菓子よね?」
「うん、そうよ」
「でも沙耶はバレンタインにあげたわけでしょう?それなのに買うの?」
「会社の男の人達にあげる訳じゃないの。あげるのは同僚の女の人からもらったからその人と自分の分とそれにの分ね」
「私にもくれるの?」
「もちろん!もらってくれる……よね」
「ありがとう。嬉しいわ」
「よかった」
弾む声が嬉しさを伝えてきてもそんな沙耶に微笑んだ。実は沙耶には内緒にしていたが当日に手作りのお菓子を渡す予定をしていたのだ。
受け取ってくれると言う行為だけでもこんなに嬉しそうにしてくれるのならきっと喜んで受け取ってくれるだろう。それならよりいっそう気合いを
入れて作ろうと心に決めた。
「でも行事にしてしまえばそれまでだけどこの日も女の人の方が気を使っているわよね」
「そうだね〜。渡した相手もお返しでくれたりするけどすごくしぶしぶ渡すとか素っ気ない気がする」
「男の人から女の人に想いを伝える話もあまり聞いたことないけど」
「周りにいる人は全く関心ない感じか義務感だけだし、でも私は口実でいろいろと食べられるからいいかな」
男の人はあまりこの日にこだわらないだけなのだろうか。比べても仕方がないのだがなんか女の人ばかりが損をしているような気がして
仕方がない。
「縁がないからいろんな所が気になるのかもしれないわね。でも、もし男の人がアクションを起こすのなら誠実であって欲しいわ」
「それは当然よ!」
がっしり拳を握りしめて強調する沙耶にも頷いた。いつか、そんな人が現れるのなら受け取る側である自分も真摯な態度でありたい。
もちろん、気持ちをくれるのに日は関係ないのかもしれないができるなら特別な日にと夢見てもいいではないか。
「お待たせしました」
間を見図るように声がかかり待望のものが視線を逸らすなとばかりに目の前に静かでありながらも主張するかのように置かれた。
「うわっ、おいしそう」
無意識に手を合わせる沙耶の前には陶器の小振りなお椀に入ったあんみつがある。三色の寒天によく炊かれた餡、艶のあるよもぎを
練り込んだ白玉、フルーツはいちごも加わって色よく盛られている。年中ある所もあるが季節を感じられるよう桜の花の塩漬けや桜色の
餡も加わっていて春を想像させる。何種類かの色が重なった沙耶のものとは逆にの前には黒い艶のあるお盆が置かれていた。
シンプルで厚地のお皿に桜色のお餅が乗せられ、お揃いの湯のみは若草色のお茶の色を引立たせている。
「季節を感じるって素敵よね」
「目で楽しめておいしいなんて、二度満足できるね」
ホワイトデーと和菓子なんて少し変な感じもするけれど好きなこと、好きなものを素直に受け入れることが素敵なんだと思う。
食べることに限らずだけれど。
「沙耶、食べてみる?」
「いいの?!じゃあも食べて、食べて!」
こんな時は自分の気持ちに素直に従っていいと思える。女性だけの幸せな時間がまだまだ続いてもいい。
だって素敵な一瞬を味わうのはその時しかないんだから。
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