出会いの日 
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彼の存在感は強烈だった。
何をしているわけでもないのに目を引き寄せられてしまう。
優秀すぎる者は反感を買うのが普通なのに、あまりにも異彩を放つ彼は自然と遠巻きにされ、
声をかけるものは誰もいなかった。

本人がそれをどう思っているのかはわからない。彼の顔には少しの表情も浮かんでいなかったから。
誰も相手にしていなかった彼が自分から話しかけるなんて。
しかも、この今にも切れそうなピリピリした空気はいったいなんなのだろう?

「あんたシェスカって言ったな。
 いつもそいつがくっついているみたいだがあんたそいつがいないと何もできないのか?」

怒りを堪えているような表情と口調。
彼が何に対して怒っているのかわからないが、強い感情を解き放っている彼に圧倒されながらも
シェスカは驚きのあまり恐さも忘れて口を開いた。

「あなたリュシィがみえるの!?」

「当たり前だろう。だから聞いている。そんなこともわからないのか?」

ヴァルドが少しバカにした口調で言い返す。
今まで気後れしていたシェスカだったがその言い方にカチンときて思わず言い返していた。

「あなたはそうやって言うけど、リュシィは誰にでも見えるものではないの!
 波長が合う人でないと気配さえ感じることもできないのに。
 それに初対面に近い人間捕まえていきなりその言い方は失礼じゃないっ。
 人にものを尋ねる時にはそれ相応の言い方をしなさいよ!」

「シェスカ!」

リュシィエールが警告とたしなめの両方をこめて名前を呼ぶ。
リュシィエールには事の次第の想像はついていたようだがあえて面倒を避ける為にも事を放っておいたようだ。

「だって……」

「だってではないでしょう。いくら相手が悪いとしても最低限の礼儀だけはわきまえなければ。
 それに言葉が必ず相手に通じるとも限らないし」

シェスカに注意を与えているようで実はヴァルドに対して牽制をかけるような絶妙な言い回しだった。

「おい、いったい何が言いたいんだ」

案の定、さすがのヴァルドも癇に障ったらしい。
強い感情を抑えながらも冷静さを保っていた彼の顔が怒りに沸いていた。

「私は確かに生きた実体を持つものではない。
 だが私はちゃんとこの世に生きている。魂だけだとしてもシェスカと共に今、現実に。
 それをお前にとやかく言われる筋はない!」

(リュシィ)

久しぶりに聞くリュシィエールの荒い声に少し驚きながらもシェスカは胸が熱くなった。
自分が相手を思うと同じくらいにリュシィエールも思ってくれているのがうれしくてたまらない。

「それにシェスカはまだ子供だ。口の利き方が少しまずかったくらい
 聞き流せないのか?おまえの方が年は上だろう?大人気のない」

「ちょっとリュシィ、それどう言う意味!?
 それになんか論点からずれて来ているような気がするんだけど?!
 え……ちょっと待って。皆がしていた噂のうちにそのこともあったの?」

「もちろんあるでしょうね。
 シェスカが一人でブツブツ言っているのを奇妙に思った者が噂を流したと言った所か。
 まあほとんどの者が私の姿は見えていないだろうし」

「え〜〜〜っ!じゃあ私、変な人って思われていたの?
 何よ。どうせ噂流すんならもっとちゃんとした情報流しなさいよっ」
 
「自分で誰にでも見える訳じゃないってしっかり言っていたくせにそんなことを言うんですか?
 そういう所が子供だって言うんです。これから大事な仕事に就くのでしょう?
 常に冷静でいないとこれから先大変ですよ。そこをちゃんとわかっているんですか?」

「おいっ!」

シェスカの反論を遮って話していたリュシィエールにヴァルドが我慢の限界かきつい口調でわってはいってきた。

「俺の話をとことんそらしやがって馬鹿にしているのか!
 何の苦労もしていないお嬢さんに勤まるほどこの仕事は甘くない。さっさと退任を申し出て俺の前から消えてくれ!」

そのあまりの勝手な言い分に言い返そうとシェスカは顔をしっかりと向けなおしたが、
その動きは止まり、ヴァルドから目を逸らすことができなくなってしまった。

苦しくて苦しくて堪らない耐え切れない想いとそんな自分をどこか軽蔑する自虐的な想いが入り混り彼を苦しめていた。

そんな彼から私は目が離せなかった。いくら言葉が悪くてもあの表情は偽りではないから。

たとえヴァルドの勝手な想いであろうとも何も言えない。


                     *

広間から音楽が聞こえてくる。本当なら今頃ほっとした気持ちを抱えてのんびりしていたはずなのに
バルコニーは緊張に包まれていた。

彼は私を憎んでいる。いいえ、私とリュシィを。

「どうしてなの?」

心でつぶやいていたはずの言葉が声となって飛び出していた。
彼が自分達に対してどのような気持ちを抱いているのかそれがわかってしまった。
理由はわからないけれどその憎しみの感情は本物だ。

「……何故なんだ?」

ヴァルドがポツンと呟く。

「何故お前だけが恵まれる?何故お前だけが一人じゃない?!
 しかもそれを当たり前のように受けて、わがままも言い放題でそれで許されている。
 どうして、どうしてなんだっっ!!」

ぶつけるように叫ぶヴァルドは今にも身が千切れそうなほど痛々しくそして激しかった。
彼の無表情の仮面はその荒々しい感情を隠す為につけていたのだと思えるくらい、
初めて顔を合わせた時とはあまりにも違いすぎた。

「本当なら俺とお前は一緒の立場に立っているはずなのに、俺と同じ想いをしているはずなのにどうしてこんなに違うっ!」


「なに……?」

「幸せだな。お前にはいつも奴がいた。いつもそいつが全てから守っていたんだろうっっ!
 お前は何も知らずにいつも笑っていられて……いいだろう。おまえに教えてやるさっ」

シェスカが何故こんなに敵意を受けなければならないのか。

その理由をヴァルドは語り始めた。まるで心の箱を少しずつ開いていくみたいに。

                   *

「俺には兄弟がいる。俺は次男だがお前と同じように正妻の子は俺だけだ。
 母は3年前に病気で死んだ。いや、そのように言われている」

「そのように、って」

「表向きには。だが、実際は殺されたんだ。あの女に、兄と弟の母親にっ!」

苦痛に耐えるかのように搾り出されたその声はシェスカの心の奥底までを揺さぶった。

その苦しさを吐き出させたい。理不尽な想いで自分は言葉を叩きつけられているのに、
そんな想いに駆られる自分を不思議に思いながらも、シェスカは続きを促すように語りかけた。

「どうしてわかったの?」

「俺は見ていたんだ。あの女が寝ている母に近づいて何かをするのを」

「………」

「その直後、母の様子はおかしくなってそして……死んだ」

暗い暗いどこまでも落ちていきそうな様子を断ち切ろうとシェスカは声を絞り出した。

「それであなたはただ見ていただけなの?あなたしか止められる人はいなかったのでしょう?
 何故何もしなかったの!!」

「お前にわかるかっっ!!俺は小さな頃からずっと痛めつけられてきたんだ、あの3人に!
 止めようと、動こうとした。でも、でもっ、できなくて……」

責めるようなシェスカの言葉に抑えられた感情が爆発したのか、握り締めていた拳がバルコニーを支えている壁を
思いっきり打つ。その大きな音とは裏腹にその瞳には後悔の気持ちとおびえの気持ちの両方が浮かび上がっていた。

シェスカに対しての憎しみの心。それはもう一人の自分に対してのうらやみ。

「お前だって同じ立場のはずなのになんでこんなに違うっ!
 それにお前の傍にはいつもそいつがいる。俺はいつだって独りだった!いつだって!」

泣いている。彼は泣いていた。全身で。
救いを求めてたった一人の誰かを求めてずっと。



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