出会いの日
1
こんなにも俺は苦しんでいるのに誰も傍にいてくれない。
一筋の光さえ俺の傍にはない。
だから全てを求めるのかそれとも憎んでしまうのか。
もう何でもいい。何かを求めていないとどうにかなってしまいそうだ。
理由など何とでもつけられる。
今はただ彼女に会ってみたい。彼女を見つめたい。
ありったけの憎しみと愛情をこめて。
*
ルエンタール国―蒼玉宮。
王宮の一部でありながら王直属の補佐官の勤務する場所として解放されている。
それぞれの専門分野に別れ、王の手助けをする補佐官は王の命令で即座に動けるような優秀な人材の集まりだ。
急を要してもあわてず騒がず冷静沈着であり、常に何が必要かを考えていなければならない。
難しいとともにとてもやりがいがあるこの補佐官の業務は王宮に勤める者のあこがれであった。
補佐官の部署の移動はほとんどない。
覚えることがたくさんありすぎるせいもあるが適材適所の人物が思ったより少ないという理由もある。
新しい人材も必要なのになかなか確保することが出来ない中、今年の新人二人という人数は快挙であった。
それだけに周囲の人間の興味と期待は異様なほど高い。しかも一人は何年ぶりかの女性であるのだから。
特に若い男性諸君の盛り上がりは一歩引くほどで、諫める側の人間もつられて落ち着かないでいる。
盛り上がる周囲をよそに当の二人はそれぞれに自分のことで精一杯になっていた。
この日蒼玉宮の広間で二人は初めて顔をあわすことになる。
お互い強烈に心に残る初めての出会いが。
(ふぅ、やっと終わった)
心地よい緊張感から開放されたシェスカは人気のないバルコニーへと脚を運んだ。
風がほてっていた頬を少しずつさましてくれる。
(恐そうな人だったな)
シェスカとともに新しく補佐官となったヴァルド。
その近寄りがたい雰囲気に気おされて話すどころか顔もろくに見ることができなかった。
年齢的にはそう変わらないだろう。
だがあのいつも牙をむいていそうな張り詰めた気はいつか出会った
いくつかの戦場を切り抜けてきた者達と似ている。
一歩おかずにはいられない独特の雰囲気。
いったい何が彼をそうしてしまったんだろうか。
一緒に採用されたせいもあるかもしれないが、不思議と気になってしまうそんな魅力の持ち主だった。
(まああれだけ整っていればね。きっともてるんだろうな)
艶やかな黒髪に深い茶色の瞳、無駄なく鋭い動きをみせるその肢体は
見ている者に自然とため息をださせることだろう。
(私と違ってキャリアも積んでいるみたいだし、すぐにでもウェルグリフ様から信頼されるんだろうな。
ああもうっ、ダメダメ!すぐ他の人と比べちゃう。私は私。自分のペースでやっていけばいいんだから)
疲れと緊張からか悪い方へと考えてしまうシェスカを現実へと戻すように聞きなれた声が隣から聞こえてきた。
「もう疲れたんですか。これくらいで疲れているようではこの先やっていけませんよ。しっかりしなさい、シェスカ」
柔らかでありながら叱咤するような言葉。
幼い頃からいつも一緒にいてくれるリュシィエール。
透明感のある水のような髪と瞳。この姿をみると無条件に安心してしまう私にとってなくてはならない存在。
シェスカにとってお守りでもあるリュシィエールに首をかしげながらそっと尋ねた。
「私そんなに疲れているように見える?」
「ええ、今にもベッドに入りたいって顔をしていますよ。
実際にそうでもそれを表に出してしまうようじゃまだまだですね」
厳しいことを言っているのに顔は優しく微笑んでいる。
自分は特別に彼の同行が許されていた。
本来なら補佐官たる資格をとったのはシェスカ自身のみなのだからもちろん他者の同行など許されない。
それでも自分達にはどうしても離れられない理由がある。
しかしそれを知らない一部の者達が陰でコソコソ噂や不平を言っているのはシェスカだってわかっていた。
その噂が変な風にとんでいるのも。
(リュシィのためにも考えている暇はない。とにかく噂なんて気にしないでがんばらなきゃ)
「考えるよりも行動、ってね!」
シェスカは新たな決意とともに空を見上げ大きく深呼吸する。
「よしっ」
今までの余計なことを頭から振り払うように小さく声を出して気合をいれ、
バルコニーから広間へ戻ろうと振り返ったシェスカだったが
「おい、少しいいか」
と、広間から声がかかった声にビクンと身体が震えた。
少し低めの落ち着いた声。
声のする方へとゆっくりと顔を向ける。
そこには広間の明るい光を背中に、話題の人物ヴァルドがシェスカにまっすぐ視線を向けて佇んでいたのだった。
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