甘さよりも優しく



額から流れ落ちる汗。乱暴に袖で拭っても次から次へと流れ落ちる。握りしめた剣も滑って落してしまいそうになる程全身に
汗をかいていたがそれでも足りない。どれだけ鍛練しても少しも前に進んでいるように思えない。あの笑顔を消してしまいたくないのに
いったいいつになったらあの人を何からも守ることができるようになるのだろう。焦りが重なり大きくなっていく。
不安な心が少しずつずれを生み出しているのに気付かないほどレイアには一つの思いしか見えていなかった。



「レイア」

背中を壁に付け足を放りだすように投げだし座り込んでいたレイアは自分を呼ぶ柔らかな声に微睡んでいた意識を一気に覚醒させた。
人の気配に緩んでいた体は緊張を取り戻し反射的に剣へと手がかかる。周囲の様子を瞬時に探り瞳を開くと目の前にカークの顔が
飛び込んできた。

「……!」

あまりの近さに口から出かけた声が引っ込んでしまったレイアを気にする様子もなくカークは隣に腰を下ろした。

「……カーク様、またお一人ですか?」

心臓が大きな音を立てて踊っているのを何とか収めながら話しているレイアのことに気付くはずもなく、カークは微笑みながら答えを返す。

「ん?今は……そうかな」

「一人で出歩かないで下さいって言いましたよね」

緊張感の欠片もなく微笑む様子に先程驚かされたこともあり言葉が強くなってしまう。だがカークはどこかのんびりとした様子でレイアへと
言葉を返した。

「すぐそこまでガウルと一緒だったよ。俺がどこに行くかわかってたみたいだ」

厳しい顔をしていることにも気が付いているはずなのにカークは笑顔を崩さない。まっすぐ見つめてくる視線に逆にレイアの方が堪え切れなくなり
顔を逸らしてしまった。視線と意味に体中から熱が上がってくる。火照るように熱い頬はきっと赤く染まっていることだろう。

「し、仕方ありませんね。帰りは私が送って行きますからっ……剣を合わせますか?」

恥ずかしい気持ちがそのまま口から出たようになってしまって何とか平静を取り戻すよう剣のことへと意識を向ける。

「ああ、お願いしようかな。でもその前に」

一人変わらない様子のまま、こっちを向いてと言われた声にゆっくりと顔を戻すと口に大きな指が触れた。

「何ですか?!」

「大丈夫だから落ち着いて。ほら、口を閉じて」

条件反射のように閉じた口に途端に広がる甘い味。

「これは、チョコレート?」

「いつもがんばっているから。でもあんまり気を張り過ぎないで」

「そんなことありません」

「じゃあ、俺が心配なだけかな」

うーんと手を上にあげて伸びをする姿は普段あまり見られない年相応の姿。なんだか自然と嬉しくなって強張っていた肩の力が抜けたようだった。

「心配をかけるようなら私もまだまだですね」

「俺もレイアに心配ばかりかけているから」

お相子だと屈託なく言い切るカークにレイアの顔にも笑みが浮かび気持ちのまま軽く言葉を乗せる。

「ありがとうございますって言った方がいいですか?」

「チョコレートの分だけね」

一口分の甘さにはそれ以上の優しさが詰まっている。甘いのもいいけれど今はその優しさの方が心地いい。

「さあ、始めましょうか」

抱え込んでいた重みがどこかへ行ってしまったのを感じながらレイアは剣を取ると勢いをつけて立ち上がった。

                                                                  7周年記念作品 テーマ:一息つこう 

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