約束の時 
     
 



ルエンタール国―バロス家の午後。
本来なら今は季節通りに透きとおった空が広がっているはずだがの頭上には
どんよりと雲に覆われた空しか見えなかった。

私の心の中みたい。

ぼんやりと、と言うよりはズーンと落ちていきそうな暗い気持ちが体中に満たされている。何しろあの父のもとへ結果報告がてら
呼び出しをくらっていた。解決をして意気揚々、と言う気分にはとてもなれない。ただでさえまた余分な話の一つや二つを持ってくる
可能性だってある。いや、確信がある。その要因となりそうな存在をは手にいれてしまったのだから。なるようにしかならないって
わかっているけれど、この複雑な心中は簡単にはすっきりしそうになかった。

ふぅっ。

大きく息を吐き出しは見上げていた空から視線を離す。見えなくなった空と同じように見えない振りをして問題から逃れられれば
言うことはないが、いつまでも先送りにはしていられないだろう。は覚悟を決めると少しでも時間を稼ぐようにゆっくりと父の部屋へと
足を向けたのであった。


                   *

「まずはお帰りと言おうか。昨日は良く眠れたか?」

「おかげさまで。なにしろ家に着くまでは気を失っていましたから」

「ああ、そういえばそうだったな」

嫌味の一つも言われるだろうと身構えていたに父はさらっと言葉を返す。
ここまであっさりとしているとかえって不気味だ。今までの父の言動を思うとどうしても素直には取ることができない。

「まさか私が何かをしようとしているなんて考えているのではないだろうな?」

だってそう考えるのが普通でしょう!!

口に出しては言わないが心の中では思いっきり父に対して反論している。

「まあいい。おまえの報告書と一緒に行った二人から事情は聞いた。大変だったようだな」

ええ。あなたのおかげでね。

最終的に行くことに決めたのは自分だがそうなるように誘導したのは父である。
恨むなといわれてもそれは無理だ。文句の一つも言いたくなる。

「で、彼はいるのか?」

「は?」

「は?ではない。彼だよ。剣の宿り主であるリュシィエールだ。
 私は現在のバロス家の当主だからな。今後のためにも会う必要がある」

もっともらしいことを言っているが彼の利用価値を見定めようとしているに違いない。
昔から何の利益もなしに動くことはない父だ。絶対に何かかしらたくらんでいるに決まっている。

「呼びましょうか?」

そう判っていても彼はバロス家の現当主だ。いくら血が繋がっていようとも当主としての権限を無視はできない。
は少し躊躇しながらも問いかけた。

「ああ、頼む」

予想通りの返答には父に聞こえないようため息をつくと剣を鞘から抜き自分の前に構えた。

「リュシィエール」

が名を呼ぶと同時に剣の周りを水が取り囲む。

パシィッ!

弾け飛ぶように水が音と共に消えうせると同時に、リュシィエールが部屋の中に現れたのだった。


                    *            

「始めてお目にかかる、リュシィエール殿」

の前で父がリュシィエールへ丁寧にお辞儀をしている。
父にはめずらしく緊張をしているようだ。さすがに肉体が滅んでいるとはいえ、水竜という力を持つ存在への
敬意は持ち合わせているらしい。

「お前にも私が見えるのだな」

「はい。これでも私は現在のバロス家当主ですから」

二人の様子をボウッとして見ていたはその受け答えにハッとしてあわてて割ってはいった。

「えっ!待って!今の意味って。それじゃあ誰にでもあなたが見えるのではないの?」

「忘れたのか? 私はここ数百年ずっと眠っていた。つまり私を起こせる者がいなかったということだ。
 私を起こすことができるのは私と波長が合うものだけ。もちろんそのなかでも相性というものがあるが」

「って言うことはあなたを見ることができる人は波長があっている?」

「そうだ。偶然にもお前と一緒にいた二人には見えたようだが」

「それなのに私が選ばれたの?」

「ああ。おまえにはどこかリディラに似たものを感じる」

「リディラさまに?」

バロス家の始祖でもっとも剣の能力を引き出せたと言われる人に私が?

「何か嘘のような話ね」

ボソッと誰にも聞こえないように呟く。

でも、待って!つまりその人に似ているって事は同じようなことも降りかかってくるかもしれないってこと!?

グルグルと頭の中で最悪の光景が次々と浮かんでは消えてゆく。そんなを無視した形で二人の会話は
滞りなく進んでいるようだ。

そんな!?待ってよ!

の頭の中は混乱の渦でとても正常に働いているとはいえない。
二人の勝手に進んでいく会話を止めたいのに止めることができなくてパニック状態に陥りそうになった時、
それを救うように部屋のドアがノックされた。

「入れ」

父が外の人物に向かって入室を許可する声さえもあまりのショックでどこか遠くから聞こえるような気がする。

「失礼します」

カルディスとルドシャーンがどこか険悪なムードを漂わせながら入ってくる。この二人の相性は旅の間中良くはなかったが、
それとも何か違う雰囲気で一言聞いただけでも荒れているのが感じ取れた。

「父上?」

「私が二人を呼んだのだ。話があったからな」

「話?だって二人から聞かれたんでしょう?今更何があると言うんです。それとも聞き忘れたことでも?」

「いいや。別件でだ。リュシィエール殿にも確認したいことがあったしな」

父のどこか裏のありそうな口調と微笑みには危機感を感じた。

聞いてはいけない。聞いたら再び父の思い通りにされてしまう。
早くこの部屋から出ないと取り返しがつかなくなる!

「どうですか?」

「やはり大丈夫そうだ。この二人ならいいだろう」

「それでは他の者についても?」

「わかる。私にとっても重要なことだ。協力しよう」

「そうですか!それは助かります!」

二人のうれしそうなやり取りを無視して気付かれないように部屋から出て行こうとしていた
後ろからかかった声にそれを阻止された。

、どこに行く?」

「どこって、その……」

部屋から出て行こうとしていたを出て行けないように父はカルディスをドアの前に立たせると
の予想通り聞きたくもなくありがたくないことを意気揚々と告げたのだった。

「カルディスとルドシャーン。この二人は今日からお前の正式な婚約者候補だ。
 二人とも前途ある有望な青年でお前にはもったいないほどだが二人ともおまえとの付き合いに
 同意してくれた。これからも節度あるお付き合いをするように」

な、な、何って?こ、この二人が、私の婚約者ーっ!!

「冗談……ですよね?」

「何を言っている。冗談ではない。先程の話を聞いていなかったのか?
 リュシィエール殿がこの二人には見えると言っていただろう?」

「聞きましたけど、で、でもっ、それとこれとは関係が……」

「あるとも。本当にリュシィエール殿の話を聞いていなかったのだな」

「な、なにが?」

と父の会話を黙って聞いていたリュシィエールがその立ち姿同様静かな視線を向けるとその疑問へと答えた。

「私と夢の中で会ったのを覚えているだろう?その時に私は言ったはずだ。
 私は約束を果たさなければならないと」

「そういえば。でもその約束は何も婚約や結婚には関係ないのではっ?」

「最終的には関係してくるのだ。私がリディラと交わした約束を果たすことに」

リュシィエールは目をつぶり、当時のことを思い出したように少し微笑みながらゆっくりと話し出した。

「私を使う者はきちんと選ぶこと。つまり同調出来る者で相手の意思を尊重することだ。
 無理やりに選んだとしてもいずれ双方に危険が付きまとってしまう。
 私を見ることもできなければ自分から進んで動くこともできない。そんなことでは十分に私を使いこなすことが
 できないだろう。命もいつ失ってしまうことか。そして」

リュシィエールは一度言葉を切るとに視線を合わせた。

「もう一つは自分の血を引く者を見守って欲しい。傍についていて欲しい、と。
 自分の子孫が心配なのだからではなく、私が一人で寂しい思いをしないように。
 リディラは優しかった。本当に彼女は……」

寂しくそっと物思いにふけるようにリュシィエールは心からの言葉と共にリディラの願いを告げる。

「だから私に関係すると言うの!?」

でも、だからって!!

「もちろんこの二人だけではない。前ほどの人数にはならないと思うがその中から選べばよい」

「父上っ!それは横暴です!」

「なんとでも。だがもう遅い。おまえに決定権はない」

私は事件を解決したかった。でもそのためにはどうしてもリュシィエールの力が必要だった。
それだけだったのに、なんで!?



カルディスがの肩にそっと手を乗せながら今までの彼からは考えられないほどの
甘い声で優しく囁いた。

「俺も初めに叔父上に話しをもってこられた時には断ったんだ」

「だったらなんで!」

「おまえが悪い。おまえが俺に気付かせたんだ。
 あの時……おまえが炎に包まれた時初めてわかったんだ。おまえへの感情が!
 おまえが死ぬかもしれないと思ったときのあの感情が!
 残念だったな。あれさえなければ俺はおまえのことをずっと妹のような存在としてしかみることはなかったのに」

そんな!

「だからもう一度頼んだんだ。婚約者候補にいれて欲しいと。
 ……覚悟しろよ。絶対他の奴になんか渡さない!特にそこにいる奴にはな!」

「えっ?」

「失礼なことを言いますね。私こそその言葉返して差し上げます!
 、私は他の誰よりもお買い得ですよ。そこの方とは違って浮気もしませんしね。
 今はまだ知り合ったばかりです。これからゆっくりと私の良さを嫌というほど味わってください」

二人が自分を主張しながらも相手へのけん制をしている光景を目にしながらは今度こそ
竜使の剣を受け継いだことを後悔していた。

これからいったいどうなるの?

不安いっぱいのの傍にはリュシィエールが幸せそうにそっと寄り添っていたのであった。



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