約束の時 
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「ルディエラ、気が付いてるか?」

カルディスがこっそり耳のそばで囁く。

「ええ、ついてきてるわね。誰かわかる?」

「ああ、あいつだろ」

カルディスが首をフイッと斜めに振る。ルディエラはその方向にそっと目を向けた。

一人の男の姿が映る。くすんだ金髪に落ち着いた灰色がかった青い目、遠目からもわかるくらいの長身。
本人は目立たないようにしているらしいがどうしても無理だ。雰囲気が華やいでいる。
カルディスとはまた違った華やかさだが。

「どうする?」

「もちろん理由を聞く。私がやるわ!」

ルディエラは言葉と同時に男にむかって走り出した。
女とは言えルディエラもただのお嬢様ではない。父親の知り合いには騎士団の人間もいる。
ルディエラはその人達に剣の手ほどきなど、自分の身を守るべき基本的な事を教わったのだ。
そこら辺の遊んでばかりいる貴族のお坊ちゃんよりも強い自信はある。あっという間に男に詰め寄ると
身構える隙も与えずに胸倉をつかみ上げた。

「かっこいいお兄さん。いったい何のつもり?」

少し上目使いに男を見上げながらにっこり微笑む。相手の表情を伺いながらも動きを封じ込める手の力は緩めない。
虚を衝かれた男は少しの間なされるままになっていたが、やがて我を取り戻したのか手を離そうと抵抗を始めた。

「離してください。私はあなたに危害は加えません。ルディエラ!」

「……え?」

ふいに自分の名前を呼ばれ、思わずつかんでいた手の力を抜いてしまった。
その一瞬の隙を見計らって男がルディエラから逃げようと後ろを向いた途端……

「おっと!どこに行くんだ。逃がさないぜ」

カルディスがすばやく男の前に立ちふさがった。
目の高さは変わらないがそのふてぶてしいまでの威圧感で男を圧倒する。

「いったい何のつもりだい?俺の追っかけとか?人気者は辛いな。
 でも俺はあいにく男には追っかけられたくないんだ。だから俺の後をついて来るのはお断り。
 それとも俺じゃなくてまさかルディエラを?」

凄みを利かせながら言葉を放つ。だが男はその姿に少々おびえながらもキッとカルディスに視線を合わせ
果敢に言い返した。

「確かに私は彼女を追ってきました。ですが彼女自身をどうこうしようとは……」

「でもルディエラを追ってきたんだろう?それで何もしないなんてことあるはずないじゃないか」

「ちょっとカル!どういう意味よ!」

男が自分の名前を知っていたことに呆然としていたルディエラだが我を取り戻すとカルディスに詰め寄った。

「言葉通りに決まってるだろ?女の後を男が追ってくる。熱烈な信望者もしくはお誘いの手口とかね」

「あなたの考えと一緒にしないで!普通は道を聞きたいとか物取りとか」

「それこそないんじゃない?道を聞きたいんなら誰にでも聞けれるし後をつける必要もない。
 ましてや物取り?あんなバレバレの尾行で?それじゃあただの馬鹿だ」

「だったらどんな理由?この街にきたのは初めてだし私の後をついてきたのは少なくとも市場を出てからよ」

「それ本気で言ってるんだとしたらルディエラって相当鈍いんだな。っていうかルディエラらしいか。
 知らぬは本人ばかりってね。ルディエラ結構人気あるんだぜ?
 きれいな黒髪に宝石にも負けない澄んだ緑の瞳が甘く揺れて神秘的だって。
 まあ黙って座ってれば大抵の男は見とれるんじゃないかな。でも本性知っておやびっくりってことになるかもしれないけどね」

「カル!」

また調子に乗って喋りだした口を自分が切れる前に閉じようとルディエラが手を伸ばしかけた時、
今まで半分無視されかけていた男が割って入るように話しかけてきた。

「二人でいちゃつかないでください。聞いていてもおもしろくも何ともないんですから。
 それに私の事を聞きたかったんじゃないんですか?」

じゃれあいはごめんです、と男はブツブツ呟きながら言った。

「はあっ!?」

いったいこの男は何を言っているのだ。私の聞き間違いか?
私とカルが何だって?冗談じゃない!!

「ちょっと、あなたねえ」

訳のわからない呟きに反論しようとしたルディエラの声を遮るように

「やっぱり見る人にはわかるのか!世間もうらやむお似合いのカップルってね♪」

カルディスの脱力しそうな言葉が重なった。

「じょ、冗談でもありえないわ!あなたも変なことを言わないで!
 そんなことはどうでもいいからいったい何の用なの?」

「そうでしたね。すっかり話が逸れてしまって私としたことがつい。
 ルディエラ。あなたに用というか、正確にはあなた自身に用があるのではないというか」

「私自身じゃない?どう言う意味か話してもらえるかしら?っと。ここじゃまずいわね。
 どこか落ち着いて話せる場所を探した方がいいか。移動しましょう。カル、行くわよ」

「はいはい。男はおよびじゃないけどしょうがないか。騒ぎは起こしたくないしね」

自分でややこしくしたことを忘れたように話すカルディスに少し殺意を抱きつつ、
ルディエラは男に詳しい話を聞くためにその場を後にしたのだった。


                      *

街の喧騒から外れた宿屋の一室に三人は落ち着いていた。
開け放たれた窓から心地よい風が入ってくる。いつもなら風に当たりながら街の様子でものんびりと見ているだろう。
だが自分を知っていたとはいえ、見ず知らずの他人と一緒にいるのだ。否が応でも緊張をする。
そんなルディエラを気遣ってかそれともしんとすることが我慢ならないのか、カルディスが男に向かって話し出した。

「で、単刀直入に言う。あんたの名前とルディエラを追っかけまわしていた目的はなんだい?」

言葉は穏やかだが返答によってはすぐにでも男に向かって動けるような体勢をとっている。
そんなカルディスをチラリと見るとルディエラも男を一瞥した。
地味な金髪に色素の薄い瞳はパッと見ると記憶には残らないだろう。だが何と言うか独特の雰囲気がにじみ出ている。
話し方も穏やかだしここが目立つとはっきり言えないのにどうにも自然に目が留まってしまう不思議な雰囲気を持っていた。

「まず私が怪しいものではないとわかっていただかなければいけませんね。わかりました。お話しましょう」

男は自分の考えを巡らせるように一呼吸おき、二人の顔をじっとみつめながら話し始めた。

「私の名前はルドシャーン。ルディエラ様、それといとこのカルディス様ですね。初めまして。
 見てお分かりだと思いますが私は争いごとは苦手ですのでどうかお手柔らかにお願いします」

カルディスはフンッと鼻で笑うとルドシャーンに突っかかるように訪ねる。

「俺達の事は調べ済って訳か。用意周到なこって。で?目的は?」

「せっかちですね。話には呼吸ってものが大事なんですよ。
 私も自分で考えをまとめながら話したいのでそう焦らせないで下さい」

「はんっ、ごまかしていないなら考えなんてまとめなくったってすぐ話せるんじゃないのか?
 自分からおかしいって言ってるのも同然だ。変なんだよ。お前は」

イライラと言い放つカルディスからは余裕が少しも感じられない。
ルディエラはそんなカルディスを不思議に思いながら視線を送って黙らせると男に向かって喋りかけた。

「それでルドシャーンさん?あなたが私をつけていた理由は?」

「ルド」

「は?」

「どうかルドと呼んでください、ルディエラ」

名前の呼び方に注文をつけた男に一瞬思考が途切れる。
話をはぐらせようとしているのか、それとも単に名前の呼び方にこだわっているのか。
どうもこのルドシャーンと呼ばれる男の言動が掴みきれない。感覚がずれているのだろうか?

ルドシャーンとの膠着状態が続く。そんな自分達にじれたのかカルディスがルドシャーンにつかみかかろうと
一歩を踏み出した。

まずいっ!

「私に用なのでしょう、ルド!!」

ルディエラはカルディスの顔を見ないようにあわてて二人の間に割ってはいった。

後ろからただならぬ気配が感じ取れる。だがそのまま動くことはできない。
普段は人当たりが良いカルディスだがいったん我を失うと何をしでかすかわからない。
とにかくなにがなんでも止めないと。

「すみません、つい」

ルドシャーンの声でハッと我にかえる。それと同時にこの場の緊張が揺らぐ。
後ろにいるカルディスの張り詰めた気配が一気に解けた。

(よかった)

ルディエラはホッと息をつく。カルディスを必要以上に怒らせてはいけない。
周りに与える被害の大きさはそれは莫大なもので、その事は昔から何においても最優先事項だった。
それなのにこの目の前の男はわざと煽るかのごとく話し続けた。

「どうやらあなたの魅力が私を狂わせているようですね。
 ……おっと、冗談ですよ。冗談。そんな恐い顔をしないで下さい。ちゃんと話しますから」

なんてふざけた事を言うのだ。これで信用されようなんて何を考えているんだか。

「だったらさっさと話してくださいっ。私はあなたの冗談に付き合っている時間はないんです」

「あなた達の調査の時間を遅らせるつもりはありません。
 私が追ってきた理由を聞けばあなたにも無関係じゃないとわかりますから。
 いいですか。よく聞いてくださいね。あなたを追ってきた理由、私の目的はあなたの持っている剣、
 竜使の剣と呼ばれるその剣なんです」

「私の剣?」

想像もしなかった言葉を聞きついカルディスを振り返る。彼は両手を広げながら首を傾けて見せた。
どうやらなんのことかさっぱりわからないらしい。
そんな私達のとまどった様子を見ながら彼は一瞬真剣な表情をし、ふっと息を吐き出した。

「最初から話したほうがよさそうですね」

何もわからずに戸惑っている私達にルドシャーンはそう切り出すとゆっくりと話し始めたのだった。  



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