繋がれし絆の行方
あいつの幸せを願っていた。
あいつと共に歩み、力になり、そして望むなら笑って見守ろうと思っていた。
だが、そんな普通のことでさえ許されないのだろうか。
いったいいつになったらあいつはひとりの人間として、解き放たれるときがくるのだろうか。
*
「ハイエス、いるかっ」
「ああ、どうぞ」
応えた声と同時に部屋の扉を開けると柔らかく微笑んだ視線とぶつかる。
今まで執務をしていたはずなのだが、書類が机の隅に纏めておかれている。
ちょうどきりが付いたところだったのか、それとも何かを予感していたのか。
古の力を持つドラグーン家にはもともと勘が優れているものが多い。後から加わった力を除いても何かしらを感じとっていても不思議はなかった。
「そんなに慌ててどうした」
「おまえなあ、知ってて言っているだろう!」
「何のことだ……と、そう怒るな。わかっている、ラードン家のことだな」
「どういうことだ、いつの間にそんな話になってたんだよっ」
ドラグーン家は古い家系が故か、血の繋がりを重視している。本家に近しい者ほど血が濃く、高い地位に付くものが多い。
比例して実力があるとは言い難い所もあるが、その者達を無視して物事の決断をすることは難しい。
ましてややたらと年功序列に拘り、長と言えど自分達よりはるかに若いハイエスウィルトのことが軽んじられているのが現状だ。
だが、それを抜きにしても今回のことはあまりにもひどすぎだ。
「本当にそこの娘と婚約するのか!」
「姉のサシェとね。二人姉妹だから」
「あいつらに言われたから決めるのか?長だからって言うなりになる必要なんてない」
その女性に罪はない。だが、愛もなく利用されるだけの繋がりなど何の意味もない。
しかもその理由は厄介払いとしか思えないではないか。
「サヴィーネ、落ち着け」
「これが落ち着いていられるか!」
「サヴィーネ!」
次の言葉を発しようとしていたサヴィーネを断ち切るように鋭い声がその場に響く。二人の間では長たる立場をとることがなかったハイエスウィルトの
厳しい視線が突き刺さるようにまっすぐ見据えていた。
「俺の立場を知っているな」
「ハイエス、それはそうだが……」
「おまえが俺のことを心配して言ってくれているのはわかっている。でも、俺は一族の長として己の責任を果たさなくてはならないんだ」
「……なんでおまえばかりが……俺にだって背負わせてくれてもいいじゃないか」
ハイエスの立場を変わることができたら、と強く思っても立場を変わることなどできはしない。
ならばせめて少しでもおまえの役に立つことがあるのなら、それで少しでも楽になれるのなら、それを探さずにはいられない。
「おまえは俺のことを俺以上に考えてくれているよ。その気持ちに背くことなどしたくはない。だけど、どのみちこれは避けられないことだったんだ」
「ラードン家との婚姻が?」
「いや、ラードン家に限らず俺の妻となる女性を宛がわれることがだ。こう言っては何だが逆に今回のことは俺にとって都合が良かったとも言える」
「別に一族の中から選ばなくたって」
「いや。一族の力のことを考えれば普通の人間に耐えられるのかどうかわからない。過去、一族以外の人間から相手を迎えた例もあったが、
あまり良い結果にはならなかったと伝承には残されている。それに俺はその力以外にも力を得ているんだ。過去以上に注意すべきであることに
間違いはない」
「だったらおまえがいいと思った人を連れて来ればいいじゃないか」
「だから都合がいいって言っただろう?ラードン家の姉妹とは何回か面識がある。おまえも会ったことがあるじゃないか」
「ああ、そう言われれば。一族の中でも血は薄いんだったっけ。それに確かあの家は母親が亡くなっていたんだよな」
「そもそもこの話が持ち上がったのは当主たる父親が亡くなって姉妹二人だけになったからだ。あまり長い時間話したことはないが、それだけでも
わかることはある。素直な人となりだったよ」
「おまえがそう言うなら気が合わないとかってことはないんだろうな」
ハイエスは昔から人の善悪や考えていることをある程度察知することができる。力を使っているわけではなく、言わば本能に近い部分で感じることが
できるようだ。そのハイエスが言うならば、裏で何かをしようなどといったことはあるまい。
「それに同じ年頃の女性は他に数人いるが、どうも俺には少し重荷のように思える。あまりいい言い方ではないが、他はどうだと言われる前に
決めてしまった方が俺の気持ちも楽になるような気がしたんだ」
そこまであいつらは話を進めていたのか。
当然といえば当然だが、不安要素を抱えるよりハイエスが納得できることの方がいいに決まっている。
それならば、ハイエスよりは確実ではないが、あの件より何かを感じ取る力が自分にもある。後は実際に会って確かめればこの不安も少しは収まるだろう。
「すぐ婚姻する訳じゃないよな?」
「もちろん。それに女性二人だけで今の場所にいるのは防犯的にも良くはない。
お互いに知り合うためにも敷地内の空いている館に移ってもらおうと思っている」
「娘を送りこもうと思っていた奴らが何かするとも限らないからな。その方がいいだろう。じゃあ、近いうちにこちらに来るのか?」
「今館を整えさせている。それから移ってもらう予定だがそんなに時間はかからないだろう」
「来たら俺にも会わせてくれよ」
「第一の臣下にして親友を無視するなどしないよ。おまえにも一緒に会ってもらいたい」
「じゃあ、決まったら教えてくれ」
ほんの少しおどける様に言ってはいるが、決意は固い。今更、どうこういったって考えを覆すことは難しいだろう。
それならば、あいつの負担にならないのか、見極めるしかない。小さく固まった心の棘がほんの少し軽くなったような気がした。
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