夢月夜



奇跡の花があると聞いた。
白輝月から淡黄月に移り変わる夜、一晩だけその姿を輝かせる花。
どこにあるのか、どんなありようなのかわからない。
それ故に幸福をもたらすといつの間にか言われるようになった。



                               *

「到着〜っ」

一番乗りとばかりに丘の上に立ったヴァルアスは両手を思いっきり伸ばした。
何もない、静かな空間。広がるのは夜空に浮かぶ月の光と緑の絨毯。緑色に淡い黄色の光が降り注いでいる。
満足そうに笑みを浮かべるとヴァルアスは後ろを振り返った。

、見てみろよ。すごくきれいだ」

長い間歩いてきたせいで息が切れたのか、無言のままだったの腕を引っ張る。
突然のことにたたらを踏んだだったが一つ大きく息を吐き出すと目の前の光景へと視線を移した。

「ほ、んとう。きれい」

途切れ途切れの言葉は息が苦しいのとその景色に圧倒されたせい。
奇跡の花のことを聞いた時、本当にそんなものがあるのだろうかと半信半疑だった。
もちろん今でも怪しんでいるところはある。でもこんなきれいな光景の所ならあるのかもしれないし、
もしなかっのただとしてもこの場に立って見ることができただけでここまできてよかったのだと思えた。

「いい所どりするなよ、ヴァルアス」

「残念。早い者勝ちなんだよ」

掴みかからんとばかりの勢いのルフィを軽々とかわしながらもヴァルアスは得意気だ。
そんな様子を見ているとわずかに入っていた力さえも抜けてしまう。
絶対に見つけようと一人で決心していたのにどこから聞きつけたのか、ヴァルアスが危ないからと
警護を買って出てきてしまった。大丈夫と断ったのに、いいからいいからと押し切られて。
それを聞きつけたルフィも加わり、そして。

「二人とも、いい加減にしろ」

多忙なはずのリュークエルトも一緒に来てくれた。
幸福になれるなんて素敵だね、俺も見てみたいからって。
みんななんだかんだと理由をつけていたけれど本当はが危なくないよう、守るために来てくれた。
お礼を言ってもいつものように何のこと?とかわされてしまうから。
だからみんなで同じ瞬間に花を見て幸福を分け合いたい。
一人がみんなの幸せを願うよりみんなで一緒に見られた方がより素敵だろうから。



                         *

「お前達何をぐずぐずしていたんだ」

苛立ちの混じった、それでいて淡々とした声がの思考に割って入った。

「え、えっ、だって?」

「やっぱりなぁ」

「ま、そうだろうな」

「素直じゃないですね」

わかっていたとばかりの顔をしたヴァルアス。何の不思議もないと事実を受け止めているルフィ。
苦笑を浮かべるリュークエルト。

三者三様の表情をしているが一様に当然とばかりの反応をしている。
一人訳が分からず混乱しているにリュークエルトが優しく言った。

「サーシェスがどう言ったかわからないけれど最初からちゃんと来るつもりだったんだよ。
 ただ俺達と一緒に行くのが恥ずかしかったって言うだけで」

「リュークエルト」

「だって本当のことでしょう?ほら。現にこうしてここにきている訳だしやることもちゃんとやっていたんじゃないですか?」

「やること?」

「花を見つけること」

サーシェスの立つ周辺は確かに草が倒れたりしている。何かを探していたような様子が見当たられるが。

「で、見つかったのか?」

「当たり前だろう。私を誰だと思っている。事前に情報を仕入れ、文献を調べ、それから分析をし……」

「はいはい、さすがサーシェスって言うことで。どこなんだよ」

ヴァルアスの言い方にさすがに少しむっとしたようだがサーシェスは素直に立っていた場所を空けた。

「わぁっ」

淡い月の光と花の色。透き通りそれでいて儚げで消え入りそうな幻想的なものがそこにあった。

「思ったより小さいな」

「でもきれいじゃないか」

「夢のようだね」

自己主張するほどでもなくひっそりとそして月の移り変わるこの時期こそしか見ることができないのもわかる。
少し見ただけでは周りの草に阻まれて見えないだろうし、何しろこの広大な場所をたった一晩で探せることも難しいだろう。
何しろそこまでの根気もなかなか続かない。探す前から諦めてしまう者がほとんどだ。

「幸せを運ぶ。そうかもしれないな」

「お、珍しい。サーシェスがそんなこと言うなんて」

「私が言うのがおかしいか?珍しい花ならもっと特徴のあるものだと思うだろう?
 それなのにこれはあまりにも当たり前の花だ。一晩しか咲かないと言うだけで。
 でもどうしてそれなのに幸せを運ぶ花なんて呼ばれるようになったのか?」

「……それはちょうど月の移り変わる日にしか咲かないからじゃないですか」

「もちろんそれもあるだろうがそれだけじゃないだろう」

「月の光と調和するからじゃない?」

「おまえにしてはうまく言うな、。そうだ。目立つものではないのに月の光を浴びて目を引く存在となる。
 受け入れているからだ、全てを」

「拒まないで受け入れて更に自分を輝かせる……まるでみたいだな」

「え?」

「ま、そうかも」

「そうだね」

「……」

みんなの言葉と微笑み。一人は言葉がないけれどでも薄く頬笑みを見せている。
それに言葉はなくてもこうして探してくれていた。

移り変わりの時間は短い。でもみんなと確かに受け取れた。
月の光のもたらした小さな幸せの時間。

これからも永遠に続くことを。



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