運命への序章



もう何日過ぎただろう。日毎の食事は与えられるが部屋から出られることはない。最初に受けた傷は徐々に癒えてきたが体に受けた痛みは
記憶として残っている。痛みに対する耐性は最初に覚えこまされるものだから慣れてはいたがもちろん好んで受けたいものでもない。
己のことだけならどうでもいいことだが、それが周りに影響するとあらば余計な行動は慎まなければならなかった。

「期待などされていないけどな」

両親にはとっくに見捨てられている。年齢からすれば一族に現れるべきものが顕現されていなければならないがその兆候は少しもない。
偉大なる力なら全身に受けた傷などとっくに治っていてもよいはずだ。まだこの身に残っていると言うことは時期相応でないかそんなものなど
ないのか。

「はは……」

わかっていたはずだ。己の存在がどれほど小さいものなのか。失望と軽蔑、そして排除の光を浮かべたあの目を見た時に。



                                         *

「レディオン!」

大きな音とともに扉が勢いよく開けられた。空気をも振動させる怒りの波動が部屋中を渦巻いている。そしてそれは入ってきた人の表情にも現れていた。

、落ち着いて」

「落ち着いていられるわけないでしょう!軟禁されているのよっ、なんで怒らないの?!」

「俺が不甲斐ないからだ。仕方がない」

「悪いことをした訳でもないのに傷つけられることがっ?自由さえ奪われて、おかしい以外ないじゃない!!」

だが、それが彼らには当たり前なのだ。一族の血を引く者が、まして本家の長男たるものが力の片鱗さえみせることがないのなら体を痛めつけてでも
ひきださなくてはならないものなのだ。それには感情など交える必要はない。何よりも大切なものはヴォルフガングの血を守ることなのだから。

「あんな人達と同じ血を引いているなんて今すぐにでもこの血を断ってしまいたいわ」

、あの人達は俺のことを思って……」

「ええ、そうでしょうねっ。レディオンのことを思っているわよっ、自分達の血を繋いでいくためだけのために!」

の言葉に胸が痛くなる。自分でもわかっていたこととはいえ、改めて他の者の口から聞くとほんの少しの否定の思いさえ消え去ってしまう。
それはあまりにも苦しく辛いことだった。

「……ごめん」

「いや、は悪くない。事実を言っただけだ」

自らの血を否定することなどない。一族であることに誇りを持っている。他の人間より優れた存在であることに微塵の疑いも抱いていないからレディオンが
許せないのだ。本家の長子が無力であることに。そして無理やりにでも力を顕現させねばならないのだ。そうでなければ一族全てが力のない他の人間より
劣るものとされてしまうのだから。

「レディオン」

強く呼ばれた名前に囚われていた思考は霧散する。視線を上げると揺るぎない瞳とぶつかった。

「もう少し我慢できる?」

「我慢って!」

我慢も何もこの状態でいることは己も納得してのことだ。鍵はかけられていないが逃げようなどとは思わない。
逃げても何か好転するわけでもない。逆に己を知らぬ恥者としてより一層の迫害を受けるだけ。
それより自分の為に無茶をする方がこの部屋で大人しくなどしていられる訳がない!

「私、サンフィールド家に行ってくる」

「サンフィールド?!止めろっ、あそここそ得体がしれない所だぞ!」

「でもあそこなら何かわかるかもしれない。もちろん、全てを話すわけではないわ。でも、四家を束ねてきた一族ならヴォルフガング家のことだって
 知っていると思うの」

「……俺と同じような者がいたかもしれないっていうのか?」

「もしいたとしてもヴォルフガングの中では公にはしないでしょうね。でも、サンフィールドの長の間になら何か伝わっている可能性はある」

の瞳がまっすぐ見つめてくる。揺るぎない姿に自然と小さく息が漏れた。
こうなると誰が言っても自らの思いを変えぬ限り引くことはない。そうとなればこれ以上無茶をしないよう自分にできる限りで自分の身を守るだけだ。

「一筋縄ではいかないぞ」

「承知の上よ。幸い今の当主とは知らない仲でもないから何とかしてくれると思うわ」

もちろん見返りは要求されるかもしれないけどね、と笑いながら言うにレディオンの抱いていた不安も幾分か和らいだ。
感情が高ぶると突っ走ってしまうだが、この笑い方ならサンフィールド相手でも冷静に渡りあえるだろう。

誰にも理解してもらえない想いをお互い抱いてきたのだ。それくらい二人の間には信頼の絆が結ばれていた。

「無理だと思ったらそれ以上進まないでくれ。君に万が一のことでもあったら……」

「大丈夫だって!私だって引き際は心得ているから。それよりレディオンこそもうしばらく耐えて」

真剣な眼差しに瞳を合わせゆっくりと頷く。安心したように踵を返し部屋を出ていくを見送りレディオンはいつの間にか張りつめてさせていた気を解いた。

には心配をかけさせたくなかったから言わなかったが体の奥に違和感が残っている。痛みの記憶だと無理やり納得させていたがそれとも若干違うような
気もする。
はああ言っていたがサンフィールド家が安全かと言えばここと同等、いやそれ以上に危険が伴うところだ。余分なことは考えないよう集中していかないと
何が起こるかわからない。己の一族は絶対に認めはしないだろうがヴォルフガング一族以上に力を持った一族なのだから。

「どうか無事で」

神という存在がいるのなら、大切なあの人を俺から攫わないでくれ。

憎しみさえ忘れ月よ、おまえに祈ろう。俺の唯一の光を奪わないでくれ。
どうか、どうか……。



妖しく光る月にレディオンは縋る思いでいつまでも祈っていた。



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