月の下の誓い 



銀朱の月が空に輝く夜。はバルコニーから夜空に瞬く星の中に浮かぶ月を
一人静かに眺めていた。

心を波立たせ、不安に陥らせていた月は今では他の月と変わりなく日々を迎えている。
リュークエルトの二十歳の誕生日後、初めて迎えた銀朱月日の最後の夜はにとって
思い出深い日となりそうだった。



                          *



優しい声とともにの冷え切った肩にフワッとショールがかけられた。
柔らかい布地が名前を呼んだ声と同じくらいの肩を優しく包む。

「リュークさま」

「寒くないかい?そのままだと風邪をひくよ」

甘く輝くリュークエルトの瞳に見とれながら首を振っていたをもろともせず肩を抱くと、
リュークエルトは自分の着ているコートの中にを包み込んだ。

「あ、あのっ、リュークさま、大丈夫です。寒くありませんからっ」

そんなの慌てまくった反論はあっさりと聞き流され、逆に肩を抱いた腕に力が込められると、
彼の身体によりいっそう密着する結果となってしまったのだった。

「嘘はだめだよ。ほら。こんなに君の身体は冷え切っているじゃないか」

肩を抱く手と反対の手が頬にそっと当てられる。
体温が高いのか、リュークエルトの手の平は温かくての心までもポッと温かくしてくれたようだった。

「今までお仕事を?」

リュークエルトは夕方出て行ったままのコート姿だ。
先に休んでいるように言われていたが、今夜は一人先に休む気持ちにもなれず、
はこうしてゲストルームから月を眺めていたのだった。

「心配させてしまってすまない。仕事はもう終わったよ。
 ……いろいろと思い出してしまってね。少し遠回りをして歩いてきたんだ」

の頬から手をはずすと視線を上へとむけた。
夜空に浮かぶ銀朱の月がリュークエルトの瞳の中に映し出される。

「あれだけ苦しかったことが今は遠い昔のように思える。
 本当に現実だったのかと思える位に俺の中では不思議と遠い記憶となってしまった。
 まだ時間の流れは短いと言うのにね」

リュークエルトは自分を戒めるかのように唇を噛み締めたがやがてそんな自分に気が付くとフッと浅く微笑んだ。
リュークエルトの姿がどこか寂しく見える。

「……今は……」

聞きにくくて、言いよどんだをリュークエルトは視線で先を続けるよう促す。

「今は欲求はないんですか?銀朱の月に支配され、心のままに突き動かされることは?
 この世界を憎むことは……」

恐かった。リュークエルトを信じているはずなのに、どこか信じ切れていない自分がいることが。
そして、また前のようなことが起きてしまうのではないかと怯える自分をリュークエルトに知られてしまうことが
恐かった。そんな自分に自然と身体が震えだす。



声と同時にリュークエルトがをさらうように自分の両腕の中へと抱きしめた。
突然の事に驚くの耳元にかすかな呟きが吹き込まれる。

「……俺だって恐いよ……」

「リュークさま」

リュークエルトの震える声に顔を上げようとしただが、彼の両腕がそれを許さなかった。

、俺だって恐いよ。
 こうして何事も起きずに一日一日と過ぎ去って行くけれど、本当に何事もないんだろうか、
 これからも何も起きないんだろうかと毎日が恐い。
 過去は忘れていくこともできるけれど、これから起こることは誰にだってわからない。
 そう何が起こるかわからないんだ。
 ……だから今夜も銀朱の月の下、何も起こらない事を確かめずにはいられなかった」

ハッと顔を上げかけたをリュークエルトは再び強く抱き締める事で行動を阻んだ。

「考えて、考えて。でも結局、不安はいつも付きまとう。
 恐くても、先がわからなくても、それを受け入れるのか拒むのかは俺次第なんだ」

「…………」

「だったら今悩むことは俺自身が自分を苦しめていることになる。
 そう思ったらせっかくの時間を無駄にしているように思えたよ」

「リュークさま」

「それにそれよりももっと恐いものがあることに気付いたんだ」

「それは?」

、君の心が変わってしまうこと。
 君の心から俺が消え去ってしまうことがあるかもしれない可能性を」

「私はっ」

黙って、と優美なのに男の人である指が私の口にそっとあてられる。

、君を失うことが恐い。俺から君の気持ちが離れてしまうことが俺には一番恐いんだ」

「そんなっ、そんなことありませんっ」

「もちろん信じている。信じているけど不安なんだ。
 君がいくら俺を想ってくれていても君の心をさらってしまう男が現れるかもしれないと」

苦しげな声がの心を強く打つ。
心の叫びがそのまま彼の表へと出ているかと思うほどの苦しい声。

「あの時、君は誓ってくれた。ずっと俺の傍にいてくれると。
 こんな俺を情けないと思うかもしれないけれど。
 。今再び誓って欲しい。あの時の誓いがこれから先、ずっと続いて行く事を」

真摯な瞳に、深い緑の瞳に囚われる。言葉が、瞳が、の心を縛り付けて離さない。
まるで魅入られてしまったように。

そんなリュークに導かれるようにはゆっくりと言葉を紡ぎだした。

「リュークさま。私はあなたにはっきりとお約束はできません。
 あなたが言ったようにこの先は何が起こるか誰にもわかりませんから。
 でも、それでもいいというのなら私はあなたの傍にいます。あなたが私を必要としなくなるまで」

誰も縛ることはできない。誰も引き裂くことはできない。
二人の意思と心が離れる時まで。

神聖なる誓いが星達と銀朱の月の下交わされる。
強く抱きしめあう二人に今は開放の月となった深い朱色の光が降り注ぐ。

二人を包み込むように、全てから守るように。



back