断ち切れた想いの果てに 



いったいどれくらいの時が過ぎたのだろう。

全身を激しく襲う痛みが、辛うじて意識を繋ぎ止めている。流れ過ぎた血が己の命を縮めているのがわかっていても
立ち上がることすらできない。

このまま誰にも見つけられずに命尽きてしまうのだろうか。

「それも……いいかも、しれない……な」

胸が締め付けられるような思いをするくらいならその方がいい。
進んでこの身を捨てる気はなかったが、抗う度に傷を負うのなら全てを手放してしまうべきなのだろう。
この命一つで誰かが救われるのなら、この世に留まり続ける方が罪なのかもしれない。

絶望と恐怖に恐れを抱きながらもどこか安堵を感じながら、フォルトの意識は遠くなっていった。



                      * 

「大丈夫ですかっ!!」

ああ、幻聴が聞こえる。
それとも、ここは死後の世界なのだろうか?誰かが自分を連れに来てくれたのなら、一人で最後を迎えることはない。
警戒ばかりの人との関わりだったが、一人は嫌だった。常に誰かの温もりを欲していたのに、僅かな矜持がそれを許さなかった。
今ならもう、それを捨ててもいいだろうか。

目元に溢れる熱さを感じた時、声とともに柔らかな感触が静かに流れた雫を隠すようにそっと覆った。

「私の声が聞こえますか?……聞こえていますね。よかった。
 不安だと思いますが、無理に動かないでくださいね。また意識を失うと危険ですから。辛いでしょうけど覚醒を促す香草を炊きます」

濃密な香りが混濁した意識を呼び覚まそうとすると同時に耐えがたい苦痛をもたらす。だが、そのことが今が現実だと知らしめてくれた。
離されていた手の温もりに寂しさを感じ、痛みを堪えながら薄く開いた目に一人の少女の姿が映る。
簡易の焜炉に鍋をかけ、乳鉢で何かを擂り潰しているのか、フォルトが目を開けたことにも気付いていない。一心不乱に作業をする様に
引き付けられるように動けなかったフォルトは指先へと意識を向けたがまるで力が入らなかった。

「焦らないで」

労わるように指へと触れられる。

「無理に動くと悪化してしまう。全身に痛みがあるでしょう?今は体を休めることだけ考えて。時間はかかってしまうけれど必ず治るから」

優しくも真実を告げる言葉が胸に痛い。
いかに傷が癒えようとも怪我を負った時点で自分は死んだも同じだ。
一緒にいた者が誰も探しにこない。もう生きてはいまいと思われているのか、最後まで立っていない者に戻る資格はないと打ち捨てられたのか。
いずれにせよ、あの家に自分の居場所は既にないのだろう。
いや、最初からなかったのだ。

「あなたは最初から諦めているのね」

優し気だった少女の出された言葉と口調と同様、フォルトを見つめる瞳は厳しい。
心の奥まで暴かれそうな強い意志にフォルトの心が鋭い痛みに揺さぶられる。

「想いの強さは命の強さ。あなたは想いは暗きに向いている。執着をしなければ命は早く尽きると思っているかもしれないけれど、そんなに簡単に
 全てを断ち切れるものではないわ」

厳しい言葉を告げた少女の上に堪えきれない何かを押し殺すような痛みと悲しみが浮かんでいるのをフォルトは口を開こうとしたのを忘れ
見入ってしまう。

そんなフォルトに気付かず、少女は先程まで焜炉にかけていた液体に薬草を入れて一気に漉すと手をかざして何かを呟いた。

「さあ、飲んで。冷ましたから飲みやすいはずよ。飲まない選択肢はないからね。あなたがどう思おうとあなたの命はここで
 尽きるようにはなっていない。あなたは自分で認めなくてはならない、本当は何よりも強さを追い求めているんだってことを」

なかば強引に口に注ぎ込まれる薬湯が少女の言葉のように体の中を暴いていく。
自分でも気付きたくなかった汚いと思えるくらいの生命への執着と想いの強さを。

「ああ、そうか」

痛みを吐き出すかのような言葉は小さく弱々しかったが、少女にちゃんと届いたのだろう。
先程よりは表情を緩めると立ち上がり傍にあった荷物を手に取った。

「誰か呼んでくる。自分で駄目だと思う前に体を休めるようすること。
 無理しないでって言っても動きそうだから動いたらその分治るのが遅くなるってことだけは忘れないように」

辺りに人の気配はないが、野営地のある場所を知っているのだろうか。
引き止めたい気持ちのまま、声を出した。

「行くの……か」

「本当はある程度よくなるまで付いていたいけれど、ごめんなさい。どうしても戻らなくてはならないの」

責任感よりも優先しなくてはならないものがあるのだろう。
多少、表情に暗い影が差しているのが気になるが、動きだそうとする足を前に何よりも聞きたいことが優先した。

「名前、は……」

「……誰にも言わないでくれるのなら」

本当は教えたくないのかもしれない。
必死の表情に気圧されたのか、助けた命を前に強く出られないのか、躊躇いながらも口を開いた。

……あなたはきっと良くなる、立ち向かっていける……元気になって、さよなら」

後ろを振り返らず気持ちを残さぬよう、その場から去っていく姿に今までの自分の姿が重なる。

自分の中に残る痛みが少女、を忘れさせないだろう。
だが、それは弱さではなく、強さを携えて。

探そう。
は家名を告げなかったが、ヒントは所々にある。職業柄治療をしてくれる者を自分の傍に置くことは可能だ。
誰が反対しようとも自分の傍に。

そうと決まればまずは怪我を治し、周りの者に自分を認めさせねば。

暗闇から抜け出せるだろう今の自分ならできる。
知ろうとしなかった自身を見てくれたただ一人の人。

、時間がかかろうとも必ず捕まえて見せる。
俺の傍で共に微笑んで欲しいから。



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