楽しみの作り方



、きりはついたかい?」

「すみません、あと少しかかります」

目の前の書類を睨みながら間違わないようにと順々にペンを走らせていく。大分慣れてきたが一つずつ丹念に文字を読んでいかないと
頭にすんなりと入っていってはくれない。最重要書類ではないが間違えたらその分書類の決済が遅れてしまう。
その為、早く済ませるという訳にはいかないのだ。

「慌てなくていいからきりがついたら教えてくれ」

涼やかな声が掛かると近くにあった気配が静かに遠ざかって行くのを感じる。気を使ってくれたのだろうか。申し訳ない気持ちに
なりながらも集中を乱してこれ以上時間をかけてはならないと頭を軽く振りは意識を書類へと戻した。



                                  *

「ふぅ、やっとできた」

ペンを置き書類を決済行きの箱へと入れた。まだ手元には数枚の書類が残っているが今日中には何とか終えることができるだろう。
両手を上にあげ肩を解すように伸ばすと固まった体が少し解れたような気がする。机に座っていただけの疲れではないことがわかっている
だけに自分はまだまだだと思い知らされるが最初の頃に比べると格段に進歩しているのだと自らを慰めながらゆっくりと立ち上がった。

「リュークさま?」

広々とした執務室にリュークエルトの姿はない。扉を開けたような音はしなかったと思うが続きの間にでもいるのだろうかと
閉められた扉へと近づくとそれが急に内側へと開いた。

「きゃっ!」

「あ、大丈夫か?」

言葉と同時に扉から一歩自分の体を引いた。いつも気配に敏感な彼が人が近づいていることに気がつかないなんて珍しい。
不思議に思いながらもリュークエルトの手にあるものに目が止まるとあっという間にそんな考えは吹き飛んでしまった。

「リュークさまっ、私がやります!」

両手にはいつもが必死になって運んでいる大きなお盆が軽々と持たれている。その上にはそれぞれの愛用のカップと
お湯をいれたポットなどが乗せられていた。慌ててお盆を受け取ろうとしたを笑顔でかわすとセッティングされている机の上へと置いた。
すでに一緒に口にするであろう菓子が皿の上に綺麗に並べられ用意されている。温めていたカップのお湯を空いた器へと移すとお茶の
入れられた大きめのポットからお茶が注がれた。淀みなく動かされる手付きは鮮やかで慣れた様子が窺われ、すぐに爽やかな香りが辺り
へと広がった。

「さあ、座って。疲れただろう」

言いたげなをわずかな言葉で座らせるとリュークエルトはゆっくりとお茶を口へと運んだ。その様子にまだ茫然とした所のあった
リュークエルトに誘われるようにお茶を口に含む。温かさが喉を通ると先程までの強張りも徐々に解けるように感じてた。

「おいしい」

「よかった。じゃあこれも食べてみないか」

「……初めてみますね」

干した果実と木の実だろうか。それが何かでつなぎ合わされ小さく丸く固められている。

「甘酸っぱくておいしいですね」

甘みと一緒に柔らかい酸味が口の中に広がる。疲れていた頭と体が元気を取り戻してくるようなそんな味だ。

「甘さはちょうど?」

「ええ。食べやすくてこのお茶にもちょうど合います」

「味が楽しめるように香料を使っていないものにしたんだ。でもうれしいな。作ってみてよかったよ」

「えっ、これ、リュークさまが作られたんですか?!」

「久しぶりだから心配だったけどそう言ってくれて安心した」

お茶もうまく入れられたからね。

お茶の時間には終始リラックスしているリュークエルトだが出来栄えにかなり不安だったのだろう。そう言いながら自らも一つ取って
口にするとほっとした表情を浮かべた。だがの方は忙しいのに時間を取らせてしまったことに申し訳なく思う気持ちでいっぱいだ。
そんな気持ちが表にでていたのだろうか。謝罪の言葉を言おうとしたのを察したリュークエルトに言葉を先に出すことで遮られてしまった。

「いずれ作る予定でいたしちょうど時間が空いたから心配ない。これはね、母から教わったものなんだ」

「お母様……からですか?」

「ああ。亡くなる前に教えてもらった。簡単だからね、まだ幼かったけど作ることができたんだ。イグニスも作れるよ」

「イグニスさんも?」

「材料も少ないし簡単に手に入るものばかりだから。砂糖で固めてあるだけだし後はアレンジをするのもいいかもしれないね」

イグニスの名前を出してしまった時にリュークエルトの表情が少し険しいものになる。しかしすぐにはっとしたようになるとカップへと手を伸ばした。

気分を変える為だろうか。カップを置いた時には先程までと変わらない落ち着きを取り戻していた。

まだ少々ぎこちなくはあるが一度は壊れそうになった関係も今では戻りつつある。主従というだけでなく、もともとが幼馴染の二人だ。
お互いの気持ちも解っている。わだかまりが残っていたとしても大切なものは完全に消え去ることはないとも信じている。

「今度、作り方を教えてもらえますか?」

「いいね、一緒に作ろう」

楽しいことばかり積み重ねて行く。そんな時間ばかりが続けばいいと思うをリュークエルトの瞳は先程以上に優しく甘く見つめていた。



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