大切なひと



解き放たれて自分が自分で在れると言うのにいつまでもどこか落ち着かなかった。
無意識に、でも確実に自分の中にあったもの。
それは生まれ落ちた時からドラグーン家の人間として背負い続けていかなくてはならないものでもあった。
ドラグーン家の長となろうと思った時から覚悟は決めていたし襲いかかる困難を乗り越え続けてこられた
と思っている。

それなのにどうしてだろう。こんなにも喪失感を感じるのは。
重い鎖から解き放たれたはずがあまりにも軽くなり過ぎた自分に不安を覚える。
まるでこれから起きる何かの前兆を感じるかのように。
おまえは幸福を掴んではいけないのだと言われているかのようにその感覚が消えることはなかった。



                            *

「……リュークさまっ!」

突然耳に入ってきた声にリュークエルトはぼんやりとしていた意識を取り戻した。

いつから手を止めていたのだろうか。
机の上にある書類は自分が片付けたと思ったより減ってはいない感じがする。
いつの間にか思考の渦に囚われてしまった自分を叱咤しながら声をかけてくれた愛しき存在へと
リュークエルトは目を移した。

、すまない。いつからここに?」

「少し前からです。何か考えていられるようだったのでお邪魔をしないようにと思っていたのですが」

「心配してくれたのか?」

「ごめんなさいっ。不安になってしまってつい声を」

「いいや。ありがとう」

仕事を中断させてしまって申し訳ないと言うにリュークエルトは微笑みを向ける。
が不安と思うくらいにリュークエルトは手を止めていたのだろう。
心配させてしまって申し訳ないと思うと同時にそれだけは自分を見てくれているのだと
温かく、嬉しい気持ちが自然とこみ上げて来てしまった。

心配してくれるのが嬉しい、見ていてくれることが嬉しい。

そんな自分はものすごくわがままで偽善者なのかもしれない。
でも気持ち的に不安定で全てを悪い方へと考えていた自分がこんな風に変われるなんて
自分でも予測していなかったことだった。
今までの自分は懸命にやろうと固くなり過ぎて周りの気持ちを考えることができずにいた。
その結果周りを巻き込み、大切な友を傷つけ、愛しい存在さえ消し去ろうと力を暴走させ。
今となっては考えるにも恐ろしい事態へと発展していたに違いない。

自分の身を顧みず平定してくれた
以前より増して大切な存在へと変わるのに時間はかからなかった。



恐縮して立つに向ける自分の顔は他の誰かに向ける顔と違っているだろう。
頬を薄紅色に染めたを可愛いと思いながら席を立つ。

「どうやら疲れたみたいだ。、少し気分を変えたいから付き合ってくれる?」

全ては終わったはずなのに消しきれない不安を心の片隅へと鎮めたいから。
重い鎖をほんの僅かでも外したいから。
利用しているのかもしれないけれど傍から離れていくなんて想像もできない。
自分に掛けられていた鎖をにかけて自分と離れられないようにしたいなんて卑怯なことを考えるくらいに。

「はい」

そんなことを考えているなんて思いもしないだろう。
自分を信頼していつでも傍にいてくれようとしてくれる。
だから今はもちろん自分だけの秘密。

「リュークさま」

曇りない笑顔がひと時の感情を忘れさせてくれる。

無くてはならない、大切なひと。



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