束縛と言う名の鎖 



「下がっていろ、!」

風が荒れ、木の葉を巻き上げる。
踏ん張りきれずよろめいたにいつもの優しい口調からは信じられないほどの
厳しい声が発せられた。

「イグニス、止めろっ」

「止めない。リュークエルト、おまえを倒すまではっ!!」

言葉と同時にイグニスの剣がリュークエルトへと振り下ろされる。
剣が唸りを上げ襲い掛かる寸前、後ろに飛びのくことで剣をかわすとリュークエルトは
体勢を整え息を吐き、キッとイグニスを見据えた。

「どうしてもか」

「……」

「どうしても俺を倒したいのか」

「ああ。私が私でいるためにはおまえは邪魔だ」

視線で相手を傷つけることができるのならば立っていられない程の傷を負っているだろう。
それ位イグニスの気迫は並大抵ではなかった。

「止めて、止めてください!」

どうしてこんなことになってしまったんだろう。
全ては終わり、二人の間のわだかまりはなくなったはずなのに。
時間が立っていない為まだぎこちなさは残っているがそれでも二人の絆は少しずつ元通りに、
親友に戻るための時間を歩んでいっていたのに。

「渡さない」

「え?」

「やっぱり渡せない、おまえにだけは。リュークエルトッ」

「イグニスさん!」

開いた距離を詰め、再び襲い掛かるイグニスだったが、何かが磨れるような感覚を感じた
と同時にその体が後方へと思いっきり弾き飛ばされた。

「リューク、エルト」

「イグニス。おまえが決意をしたと言うのなら……俺も覚悟を決めよう」

リュークエルトの言葉が響いたと思うと上半身を地面から起こしたイグニスの
顔の下に鋭い刃の切っ先が突きつけられたのだった。



                           *

イグニス、とリュークエルトが呼びかける。
しかしイグニスへと向けられた剣はそこから外されることはなく、その視線は真剣で厳しいものだった。

「俺は何もかも捨てたつもりだった。
 生きているのに死んでいると同じ、そんな俺の時間を動かしてくれたのはだ。
 雁字搦めになっていた俺を自由にしてくれた。全てが終わり解き放たれておまえとの関係も少しずつ
 元へとの道を進んでいると思っている。
 俺はおまえが大切だ。おまえの適えたいと思うことに手を貸したい。
 その気持ちは変わらない。だが、これだけは、だけはおまえに渡せないっ!!」

違う。こんな二人の姿は違う。
二人が争う姿など見たくない。やっと訪れた平穏な毎日を壊したくない。

囚われ続けてきた感情から逃れる術はないのだろうか。
自分で自分を責め続けて、お互いを傷つけ続けて、そんなことをさせたくない。

どうしたらいい、どうしたら争いを止められる。二人の笑顔を見られるの?

頭の中を一つのことが駆け巡る。
自分を苦しみから解放するためだけには感情に乗せて口を開いていた。

「私が出て行きます」

お互いから外さなかった二人の視線がを捉える。

「二人が争うと言うのなら、私が出て行きます。
 私が出て行って二人に会わないことで争いを止められるのなら」

悲しいけれど、寂しいけれど二人の絆が壊れることに比べればその方がよっぽどいい。
でも、本当にそれで解決できるの?
は自分の心に問いかけながら二人へと言葉を向けた。

「お二人は私が出て行ったことで解決になると思いますか?
  私は……傲慢な気持ちだと思われるかもしれないですけど私のことはきっかけで心の底に
 潜んだものがあるから感情をうまくコントロールできない、自分の心を認められないから
 平穏でいられないと思えてしまうんです」

その言葉に弾かれたように顔を上げたイグニスはへと視線を向け必死の思いで声をあげる。

さん、違う!それは違います。私は本当にあなたを失いたくないから」

「全てがうまくいっていないとは思いません。
 でもイグニスさん、あなたは怖れている。本当は気付きたくないんじゃないですか、自分の中にある鎖という存在を」

ずっと繋がれていた鎖が急に解き放たれて、歓喜が訪れたと同時に心に不安が押し寄せた。

いつまでこの自由が続くのだろう。本当に自分は自由なのか、と。

行き先の見えない道に迷い込んだように辺りを見回しながら少しずつ進む。
やがて恐怖が埋め尽くして行き、これから先、生きていく目的さえも奪いかねない。
そんな二人の問答をジッと見ていたリュークエルトは剣の切っ先を引きイグニスへと手を差し伸べると
差し出されるのを躊躇した腕を強引に掴み自分の隣へと引き起こした。

の洞察力はすごいな。それとも俺達だから、か」

「リュークさま、あなたも感じているんですね。
 イグニスさんと自分の中に潜む恐怖や不安、それに孤独を。
 解き放たれた鎖をそのままにしておきたい気持ちと繋がることで取り戻すことができる存在やもの、
 その相反したものに葛藤している」

お互いがお互いの鎖。でもそれだけじゃない。鎖はもう一つあるのかもしれない。

「私も二人の鎖、夜を支配する月のように縛られていたのかもしれない」

でもそれは以前とは違う。解き放たれた鎖だ。
縛ることもなく、縛られることもない自由な鎖。

「お互いを傷つけることはしてほしくありません。けれど無傷で解決なんてできはしない。
 時間がかかってもいいですから少しずつ取り戻して欲しい。そうすれば鎖があってもなくても全てが自由になれるから」

それぞれがお互いの月になりたいと思い、またなれるように。



リュークエルトの声に振り向いたの先にあるのは剣をしまい、こちらに向けられた二人の優しい微笑み。

「俺はおまえとずっと鎖を断ち切りたくないよ」

「私も誰にもあなたを渡したくありません」

自由になったはずなのに心は縛られる。
束縛と言ってもいいのにいつまでも縛られていたい。
これから先何があったとしても続いていくことができる位に。
その鎖は幸せへの予感を感じられるから。



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