幸せへと始まる場所 



想像以上に美しい場所だった。
決して華美ではなかったがこの場所を訪れた人はとても穏やかな気持ちになれることだろう。
埋め尽くすように植えられた様々な種類の花は控えめで優しい色をしており、ここを愛した人の人柄を
表しているようだった。

「ようやくここに来れた」

全てを知ってからずっと来たいと思っていた。
しかし、次から次へと息つく間もなく事態に巻き込まれてしまったため、やっとこうして時間が取れた今
この場所を訪れたのだった。
今日がここに来ることはルティには告げていない。とても言うことができなかった。
彼女の事を考えるルティの瞳はどこか遠くを見ているようで、そのまま一人にしてしまえばどこかに消えて
いなくなりそうで、見ているこちらの胸が痛くて堪らなくなるほど悲しさに溢れていた。

たとえ血が繋がっているとわかっていても、複雑な想いがを苦しめる。
怒りにも似た嫉妬のような感情。彼女が、ルフィアがルティの傍にいて支え続けてきたという事実は
消えてなくなるものではない。
それどころか彼女がいなくなってからは前よりもずっと色鮮やかにルティの心を支えていることだろう。
そのことがずっとの心の片隅に重く圧し掛かり始めてあれから眠れない夜を過ごしているのだった。

「ルフィアさん、私はあなたがうらやましかった」

作業室にある二人の絵。
あの絵の中の二人はそのまま永遠の時間を刻んでいるように幸せそうに微笑んでいて、
それを見つめるルティの瞳が優しく、寂しそうに輝いていた。
その度に何度もう止めて、と言いたくなる気持ちと言葉を堪えたけれど二人の強い絆も同時に思い知らされた。

自分ではルティにあげることが出来ない深い感情の絆。
そもそもあげるなんて言っている段階で間違っている。
ルフィアはルティに何かを与えたなどとは思っていなかっただろうから。

「私には何もできなかった。事態を解決することは確かにできたけれど私の中にある感情は
 醜く、自分のことばかりで埋めつくされていた。
 ……あなたのように自分を省みず、なんてことはできなかったわ」

ルティに振り向いてもらいたい、認めてもらいたい。
そんな自分勝手な感情を抱いて私は全てを終らせた。
決して純粋な気持ちからルティを助けた訳じゃない。

「私はあなたをうらやんでいた。それなのに私はルティと一緒にいることができる。
 ただ、この世界にいるというだけで。
 だから……あなたの前でこうして私の気持ちを話したかったの」

どこか後ろめたい気持ちがの心を悩ましていた。
眠れないという行為はそうした気持ちから出てきたのだろう。
そんな気持ちに耐えられなくてルティに知られずにここに来たかったのだ。

「そんな私がルティの傍にいてもいいのかしら」

ルフィアとの思い出の時間を奪ってしまうかもしれない私でも
大切なものをもらってばかりいる私でも。

「いいに決まっている」

突然、背後から不機嫌そうな声がかかった。
慌てて振り向いたの瞳にはその声と同じく不機嫌そうな顔をしたルティの姿が映っていたのだった。



                         *

「ルティ……」

「やっぱりここにいたか」

「どうして……」

「最近おまえの様子がおかしかったし、おまえは休暇を取ったからな。
 ……ここに来ると思ったんだ」

普段と変わらないように振舞っていたはずだ。
ルティも別段変わった態度は見せていなかったのにどうして気づいたんだろう。

「おまえのことなら何でもわかる、と言いたい所だがおまえの目はいつも同じところを見ていたから
 自然とわかったんだ」

「そう」

自分では気がついていなかったがそんなに頻繁に見ていたのだろうか。
そしてそんなをルティも見ていて。

「何か言ってもいいのよ」



「私はいつの間にかこんなにもあなたに囚われてしまったの。
 亡くなった人に嫉妬したり、自分の罪悪感を和らげる為にこんな告白までして。
 馬鹿、本当に馬鹿よね」

不意にわいてきた涙をそっと振り払う。
泣きたくない、泣いてルティの気持ちを動かすつもりなんてないのに自分ひとりじゃなくて
ルティまでまた苦しめたくないのに。

「本当だ、お前は馬鹿だ。

ため息混じりにふっと息を吐いたルティはに近づくと目元に浮かんだ涙の雫を
親指で少々乱暴に拭った。

「おまえが言うようにルフィアのことを僕が忘れることはない。
 ルフィアは僕の大切な姉で僕の心を育てて守ってくれた人だ。
 誰にも変えられない大切な人、それがルフィアだ。
 だけど、。おまえは違う。
 おまえはどうやってもルフィアになることはできないし、ルフィアもになることはできない。
 同じ大切でも意味が違う、存在が違うんだ。どうしてそれがわからない?」

「だって……」

「おまえが嫌だと思っている自分の気持ちも僕にはわかると思う。
 おまえがおまえの幼馴染のレイス、だったか?おまえの幼馴染を大切に思うのと一緒だ。
 あいつと僕じゃ違うだろう?それと一緒だ。
 あいつに僕が……嫉妬するのも一緒ってわかっているのか」

「ルティ」

それなら……私にもわかるかもしれない。
私にとってレイスは大切で、何ものにも変えがたいものでレイスとの関係を断ち切ることなんてできはしない。
そしてルティが言うようにレイスとルティへの感情は違う。

「ルティ、迷ってばかりで自分の気持ちもしっかり保てない
 こんな私だけどあなたを好きな気持ちは本当だから。好きになってしまった気持ちだけは間違いないわ。
 あなたと一緒に過ごしていきたい気持ちは変わらない。
 あなたに言われてやっと気づく様な私だけど……傍にいてもいいかしら?」

「今更それを言うつもりか?僕はとっくにそのつもりだったが。
 、僕が現実から逃げないように、再びもう一つの僕に囚われないように僕を見張っていてくれるか?」

「あなたが私を見ていてくれるのなら」

「もちろんだ」

悲しみと安らぎが詰まっている。
私達二人には現実から離れないためにもこの場所が必要だと思う。

お互いに大切な人がいて、お互いが大切で。
それでもいい、って気付かせてくれる。そのことを私達に気がつかせてくれた人が眠る大切な場所。

ねえ、ルフィアさん。今なら私も素直になれる。
過去も、出会った人も感情も何もかもを全て含めて今があるの。
それがわかったのはこの場所から幸せが始まっているから。
その幸せを逃さないようにお願い。私達を見守っていてね。



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