抑えきれないもの



人当たりが良くて頭脳明晰で仕事熱心。聞いていたのはそんな完璧とも言える噂だったけれど私に言わせれば
二重人格で口が悪くて仕事馬鹿。人に対してコロッと態度を変えて頭の回転が速いから口を開けば罵詈雑言、
加えて仕事大好きの仕事人間。第一印象がよくなかったせいもあってルティに対する印象は最悪に近かった。

最初はお互いの意地みたいなものもあって打ち解けようなんてこともしなかったし相手を理解できるなんてことは
このままないだろうなんて思っていたけれどある時を境に私のルティ像は一気に変わってしまった。

意地っ張りでさびしがりやででも言葉にしない優しさを持っている。だけど絶対に譲らない頑固なところはあって。

口が悪いのは変わらなかったけれどいつの間にかルティに惹かれていくのに時間はかからなかった。
いろいろあってその間今までに無い程悩みまくったけれどどうにかそれも表面上は解決してようやく一息つくことはできた。
それにルティとの関係も上司と部下ではなく恋人と呼ばれる関係になったと言えるけれどそれとこれは別。
どうしても譲れないことはあるのだ。

、そこをどけ」

「嫌よ」

「まだ仕事が残っているだろう」

「ええ、誰かさんがたくさん押しつけてくれたおかげでね」

「押し付けたんじゃない。おまえならできると思って任せたんだ」

うっ、こういう時だけ口がうまいんだから。思わず喜んじゃったじゃない。って間にちょっと待ってよ。

「ルティ!」

「頼む、行かせてくれ」

いつになく真剣な表情で頼んでくるルティの願いに本当はすぐにでもうんと言いたいけど今回のことはすんなり
頷くことはできない。いつまでもどこうとしない私に焦れたのか言葉ではなく今度は強引に肩を押しのけ通ろうとした。

「待って」

「待たない、今回はどうしても譲れないから」

全身をピリッとしたかすかな痛みが突き抜けるような気がしたと同時に体が硬直した。

「な……」

「すまない。本当はこんなことはしたくなかったけど仕方ない。僕はどうしても行かなくてはいけないんだ」

その言葉で力を使ったのだとわかったがそれを確かめようにも私の口からは何も言葉を出すことができなかった。

「少ししたら元通りになる。すまない

止めたいのに動くことができない私に向き合うとルティはすっと頬をなでた。
本当はその手をすぐにでも掴んで文句の一つや二つ言いたいけれどどこもかしこも動かすことができない。
そんなじれんまが表情に出ていたのかルティはもう一度私の頬をなでるとまっすぐ瞳を見つめ微笑んだ。

「大丈夫だ。必ず戻ってくるから」

約束をすると力強く言葉に出す。

ルティは約束を破らない。それはわかっている。わかっているけれどこれから行くのは危険と言われている場所だ。
そんな場所へ行けば絶対に無事に帰ってこれる確定はできない。
それに今でもフェニキア家からの監視の目は付いて回っているし命を狙うことを諦めていない者さえいる。
これ幸いと更にルティを狙ってくるか死に場所を与えたとでもいう気になってほくそ笑んでいるかもしれない。

「じゃあ行ってくる」

それを承知していてもルティはフェニキア家を切り捨てることはできないんだろう。
運命はいつまでルティに試練を与えるつもりなのか。離れていく後ろ姿を目で追うだけで私はこのまま何もできないのか。

どうか……どうか。私の中にまだ力が残っているならルティに届けて。
これ以上苦しめないで傷つけないで欲しいと必死に祈った。



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