涙と微笑みをともに



涙が出た。もう涙など涸れはてただろうと思っていたのに次から次へと透明な雫が零れ落ちる。

誰かの為に流す涙じゃない。自分の為のあまりにも身勝手な理由で流す涙にまた気持ちが昂ぶって行く。

「どうしてこんなに私は弱いの」

自分を責めて、責めて。最初のきっかけが判らなくなるほどに責め続けた。
こんな自分は一人でいなくては駄目なのだと思っているのに心が誰か縋る存在を求めてしまう。
胸が痛いのは自分のせい。自分で解決をしなくてはいつまでも抱え、落ちていくだけだろう。
それでも瞳は助けを求めて彷徨って、そして行き着く先を無くし閉じられた。



                             *

サーシェスから呼び出しを受けたのは温かな光の射す穏やかな日の午後だった。
用事を頼まれ違う場所へ行くことはあったが特別な用件もなくしかも午後からわざわざ違う場所へと
来るように言われることは珍しい。
ましてや城外の執務とは程遠い場所では何をするのか全く想像がつかなかった。



「……え?リュークさま?!」

同じ部署に所属するとは言え、呼び出した本人ではないことに驚くにリュークエルトは
少し屈んで覗き込むようにすると優しく微笑んだ。
呆然として固まってしまったはその微笑みに返すことも出来ない。
気負ってきた分予想外のことに拍子抜けしてただリュークエルトを見続けるしかなかった。

「よく来てくれたね。はこの湖を見るのは初めてかい?
 綺麗だろう。緑と水の青に光が射しこんでとても幻想的になるんだ」

優しい声に我を取り戻し、手を取られ引かれた先にあったのはとても美しい光景だった。
何ものにも害されていない、自然の光景がのなかへとスッと溶け込むように入っていく。
人の手で造られたものに囲まれた日常に少し息苦しさを感じているにとって外を眺めることは
小さな息抜きだった。城から森を、空を見渡すことは呼吸の一部を開放している感じにも似ている。
それでも城に来るまでは常に自然を感じていたにとってそれでもそれは完全ではなかった。
だからこうして時々自分の体と心を委ねる状態におけることはとても大切で必要なことでもあった。

「でもどうしてリュークさまが?サーシェスは」

「ああ、向こうにみんないるよ……もともと今日のことはサーシェスが言い出したんだしね」

「みんないるって?それにサーシェスが?」

「そのとおり!」

の肩にうれしそうな声とともに重みがかかる。
リュークエルトの手を振り解くように背中からすっぽりと包んだのは躍動感に溢れた温もりだった。

「ヴァルアス、おまえはまた。俺が話していたのに邪魔ばかりして」

「そういうおまえこそ俺の邪魔だろ。俺だっての傍にいたいからな」

「ヴァルアスも呼ばれたの?」

。そんな言い方さびしいだろう?もちろん来るに決まってるさ。
 って言うか、本当は俺だけで十分なんだけど」

「おまえだけじゃなくてみんな自分一人だけがいいのは当然だ。だが、今日は……」

「珍しくサーシェスが自分から動いたから仕方がない」

憮然とした声に振り向くと木々の間からその声と同じ表情をしたルティが姿を現した。
仕方なく来てやったと呟きながらもヴァルアスに背中から抱きこまれた形の
引き剥がそうとルティの手は前へと動いている。

「おいっ、やめろよ。ルティ、邪魔するな」

「ヴァルアス、おまえこそを独り占めするつもりか」

このままだといつもと同じように際限なく続いていく。

「いいかげんにしないと」

制止の言葉を上げかけたリュークエルトの声は苛立ちを含んだ声に遮られた。



                           *

「おまえ達、何を騒いでいる」

サーシェスが気配なく現れた。しかもいつの間にかの身はヴァルアスの腕から外され
サーシェスの背後へとまわされている。
自分の目の前に背中があることに気付かなかったばかりか触れているわけではないのに
包まれているような感じに戸惑うに小さく呟く声が聞こえた。

「一人で泣くのは止めろ」

はっと声もない息を呑んだ。涙の跡などとっくに消えてしまっているのに泣いていたことを気付かれていた。
心臓が締め付けられる。その一言にどんな意味が込められているのかわからないのに、苦しさとともに
喜びが溢れそうになった。

「おまえが泣くと伝わってくる。悲しみも苦しみも気持ちの全てが。
 どうして一人で抱え込む?私はそんなに頼りないか?」

「……!違いますっ。そうじゃない、そんなこと思っていません。ただ、私は自分のことで悩んでいたから」

「だったら余計に何故言わない。一人で考え込んで結論が出るはずもないのに」

「自分で判断できると思っていたんです。それにそんなことをしてしまったら頼ってしまうばかりで」

「俺は大歓迎だね」

サーシェスとの会話に割って入るとヴァルアスはサーシェスの背後にいたの腕を取り
前へと引っ張った。
踏鞴を踏んだを掬い取るように支えると灰色の瞳がその瞳を真っ直ぐと捉える。

「それだけの心が求めてくれているってことだろう?嫌な訳ないさ。
 おまえが泣いているのを感じていた。すぐにでも傍に行きたかったけれどおまえから言い出すまで
 待っていろって言う奴がいてね」

肩をすくめ軽く微笑むヴァルアスの腕からを放すことに成功したルティも頷き言う。

「僕達に隠しごとはなしだ。どうせすぐ分かるからな」

「ルティ、事実でもその言い方には問題ありだ。でも、。一人で悩んでいるよりも話した方がいいのは確かだよ」

聞いてもらうだけでも楽になるしね。

何気なく言うリュークエルトの優しい言葉にたまらなくなる。止まった涙がまた出てきてしまう。
はらはらと涙を流し続けるの前が涙で見えなくなるのをふと感じた軽い感触が防ぐ。

「サーシェス」

「泣いてばかりいるな。おまえにはもっとやるべきことがあるだろう。
 それにおまえがそんな顔ばかりしていると仕事にも支障がでる。だから……笑っていろ」

眉を少し上げ、怒ったような表情がふいと横を見る。
首筋がほんのり赤く染まっていた。

「本当素直じゃないよな」

「まったく」

「そうだね」

三人の言葉に憮然とした表情を浮かべるサーシェスに引っ込んだ涙の変わりに口元が綻んだ。
すぐに変わった訳じゃない。何かが解決した訳でもない。
それなのに彼らの言葉の一つ一つが心の痛みと苦しさを軽く変えていく。

「おまえはその方が似合う」

輝く水面よりも晴れやかで輝く笑顔をいつもみていたいと。
背けたままのサーシェスには思いっきり微笑んだ。



back