見えない傷



お礼の言葉と共に扉が音を立てて閉じられた。
ほっと息をつきルティの方を振り返ったの目に映ったのは先程まで普通に患者との会話を
していた体が足をふら付かせたかのようによろめいた姿だった。
肩が上下に揺れ呼吸も激しく乱れている。冷や汗もうっすらと浮かんでいるルティの元へは慌てて飛んで行った。

「ルティ!」

「心配な、い。大丈夫……だ」

途切れ途切れに、それでも呼吸を揺らめかせないように返した言葉はを心配させないように
との配慮からだろう。
だが顔色は土気色でどうみても大丈夫そうではない。
は少し強引にルティの手を掴むとそのまま窓際に置いてある椅子へと座わらせた。

「お……い、

「無理しないで。体きついんでしょう?お願い、私の前では遠慮をしないで」

平気じゃなくても他の人がいれば平気なふりをするのはわかっている。
意地を張るんじゃなくてそれはフェニキア家では当然のこととしてやらなくてはならないことだったんだろう。
普通に治療をする行為だって神経を集中させ、間違いがないようにしなくてはならないのだ。
それなのに自分の力を使うことはそれ以上に神経も使い体力さえも使う。
しかもその力は自分の命の源から使っているのだから。
それでもルティには自らの命を削るからと言っても放っておけないことに違いはない。

「……今でも自分の力が嫌になる」

顔を覆った両手の間から絞り出すような声が聞こえる。
表情は見えない。でも泣いているように体も震えていた。

「僕の力は万能じゃない。体についた傷にしか効かない。それだけしか治せない」

漏れ聞こえる声ははっきりとしていたが苦痛に苛まされている。
は自分の胸が同じ痛みを発しているのを感じながら言った。

「でもルティは一生懸命にやってるじゃない。自分のできることを精一杯」

「僕には病気は治せなくてもか!それに傷ついた心だって治せない。
 消すことができなくてもそれでもいいって言うのか!」

ルティの叫びにの心がじくじく痛む。

ルティは忘れられないのだ。自分のことも今まで見て来た患者達のことも。
記憶に、心にしみついたものを忘れる事は出来ても消し去ることはできない。
自分の力が及ばないことに苦しくて痛くてたまらないのだ。

「ルティ」

何も言えない。
だってルティの下で働くようになってからそれなりのことを見て感じて来た。
それでも自分が全てを背負っている訳ではない。フェニキア家の重圧、苦しみや痛みを持っているのは
ルティ本人だ。いくらわかりたくても完全にわかるかと言われればそうではないから。

「ルティは自分のできることをやっている」

それだけしか言うことはできなかった。



                               *

「すまない。少し落ち着いた」

覆っていた両手をどけ薄く頬笑む。
まだその笑顔は無理をしているのがわかるがそれでも先程よりは生気が戻ってきていた。

「ありがとう、

「ルティ?」

「一人じゃないっていうのは強くなれるんだな。
 今までだったら行きつくとこまで行って自分の力を暴走させていたかもしれない」

力は感情に大きく左右される。
ルティの力はルフィアの死によってもたらされた。余計にその影響は大きいだろう。

「でも傍にいてくれるのが、おまえだから僕はこうしてここにいられる」

「私は何の役にも立っていないのに?」

「今みたいに僕の言葉を聞いてくれるだろう?それに何も言わなくてもおまえが言いたいことは僕にはわかる。
 無理に言葉にしなくても。それに役に立つとか立たないとか、そんなことは関係ない」

多すぎる言葉がいいとは決して言えない。
無理をして言葉を紡げば逆に相手を傷つけることだってある。
たとえ言葉が少なくても、言葉がないとしても傍にいればわかることだってあるだろう。
心が重なってさえすれば気持ちは伝わってくるのだから。

「僕が揺らぎすぎないよう、これからもに見ていて欲しい」

見えない傷を抱えていても誰かを感じていることができたらそれはこれからを乗り越えていく勇気と変わる。

誓いの言葉のように告げながらルティはへと頬笑みを向けた。



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