決意 



雨が降る。まるで心の中を写しとったかのように。
複雑で絡まった感情を洗い流して欲しいと思うのは望んではいけないことなのだろうか。

時が経ても変わらない願い。降り続く雨は何をもたらすのだろう。
いったいどうすればこの願いを貫き通すことができるのだろうか。



                     *

先ほどから続く沈黙は死刑判決を受けるような気分にも等しかった。
いや、事実半分以上はその通りと言えるかもしれない。この部屋に通された時点で覚悟は決めたはずだった。
それなのにやはり気持ちは揺れ動く。降り続く雨が窓を叩きつける音だけが部屋に響いていた。

「どうしても気持ちは変わらないのか」

淡々とした声はいつもと違ってほんの少し思いやるような気持ちを含んでいるように思えた。
もちろん表情には出ていない。もし言葉にして自分を心配しているかと聞いたとしても素直に答えることも
ないだろう。だからルティも相手の気持ちを心にしまったまま、決意が鈍らないうちに言葉に出した。

「変わらない。たとえ僕の身に何が起ころうとも」

「おまえはそれでいいのかもしれないが相手はどうだ?
 何も知らず、何もわからないうちに巻き込まれるかもしれないのに」

「サーシェス。あなたの言いたいこともわかる。十分過ぎるくらいわかっている。
 それでも僕はを遠ざけるなどできない」

もう手遅れだ。だらりと下ろした両手がギュッとこぶしに握られる。
強い決意がルティの身体さえも震えさせていた。

サーシェスはそんなルティの様子を黙って見ていたが、何も言わずふと踵を返した。

「サーシェス、どこへ!僕は……!」

「おまえの気持ちのようだな」

窓から降り続く雨を眺めサーシェスは呟く。
自分が心の片隅で思っていた、わかっていても認めたくはなかった気持ちを言い当てられた気がした。
ルティにとって場合によっては恐怖の存在ともなりうるサーシェスの言葉だけに心に重く圧し掛かる。

いつもなら言われたままではいない。
けれど今、この微妙な状況と心理状態では言葉はただ心へと降り積もるだけだった。
黙ったまま何も言い返せずうな垂れたルティへとサーシェスは向き直ると厳しい声を発した。

「覚悟はあるか」

「覚悟……?」

「おまえは自分の命を引き換えにしてでもを守りたいか?」

「命?」

を失うことになったとしたらおまえはどうする?」

「引き換えにしてそれで事態が変わるのなら僕は僕の命よりを取る!」

「本当に?」

「疑うつもりですか?!」

「疑ってはいない。おまえはいざとなれば躊躇うことはないだろう。
 だが本当の意味をおまえはわかっていない。おまえの命が永遠に消えてしまうことになっても
 おまえはを取ることができるのかを私は聞いている」

「僕の命が消える?」

「私の力を使うことになるかもしれないからだ」

「それは……」

「おまえを私の力で抑えきれないようなことになるのなら私でさえ結果はわからない。
 おまえの命だけでなく、何を巻き込んでしまうのかも。それでもおまえの決意は変わらないか?」

ルティにとって絶対ともいえる力。それは唯一サーシェスの力だけ。
今までは言葉として知っているだけだった。それを今度は自分の身をもって知ることになるかもしれない。
自分という存在自体が無くなってしまうことも在りうるのだ。

でももしそうだとしても

「僕は二度と後悔したくない。大切な人を失う。そんなことはもう絶対に嫌だっ。
 絶望と苦しみと後悔を永遠に味わうことになるかもしれないなんて!
 だからの無事を守ることができるのなら後はどうなってもいい」

「勝手な言い分だな」

「勝手と言われようとも、他がどうなったとしてもかまわない。
 そうでもしないと僕は生きている意味がないっ!」

「生きる屍と化す、か」

「何とでも言えばいい。僕は覚悟を決めた。
 だけどもし僕が狂ってしまったその時、その時だけは」

先程までの言葉の強さと変わって縋るように震える声。

「……私の手で決着をつけよう」

ルティの瞳を琥珀色の瞳が捉える。
普段は何を考えているかわかりにくいそれは、今は不思議とルティに安堵感を与えてくれた。
たとえ自分の命の火を消す存在になるかもしれないとしても。

「ありがとう……ございます」

簡単に命を落とすつもりはない。大切に思う人とともにこれから先へと進むことができるかもしれない未来を
簡単には諦めたくないと思う。それでも自分には確実な未来は想像できないから。



おまえを失いたくない。
そのために僕のもう一つの存在を知られても、おまえが僕に恐怖を抱いたとしても
それでも踏み出すことをやめないだろう。

「僕は繰り返さない」

。おまえは僕の心の支えだ。
僕の永遠の命をおまえに贈ろう。



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