変わらない関係
ずっと言われ続けてきた言葉。
今更気にすることでもないし、いつものことだと思ってそのまま流していればよかったのに
何故かこの時だけは流せれずにいた。
自分が些細なことだとわかっていればいくら耳にすることがあってもそれはただ右から左へと
通り過ぎて行くだけだったのに。
原因はわかっている。
どうしてかわかっているのなら確かめてみるだけで全ては解決するだろう。
それなのに私は確かめられず、この場から動くことも出来ない。
どうして?どうしてなのだろう。
傷つくことなど慣れている。傷ついていない振りをすることだって私には自然にできる。
たとえ、自分の心の傷がまた一つ増えたのだとしても私はそれを自分の強さへと変えることだって
できているのに目の前の顔は苦しさと悔しさと悲しみを携えている。
私はそんなこと何とも感じていないのに。あなたがそんな顔をすることはないのに。
お願い。私の心から離れなくなってしまう。
だからそんな顔をしないで。
*
「、ちょっと待てよ」
何事も無かったように家へと帰ろうとしていた時、後ろから私を呼ぶ声がかかった。
少し怒ったような顔。
その顔を正面から見づらい私はほんの少し視線を斜め下にずらしてその声の言うとおりに足を止めた。
「何か用?今日はちょっと用事があるから早く帰りたいんだけど」
正直、今日は話をするのも苦痛に感じる。
今までの心の苦痛も溜まっていたのか誰とも話したくない気分が強い。
それなのに私を待ち構えていたであろうレイスは私の気分を感じ取っていても
お構いなしに呼び止める。
「おまえ……いいかげんにしろよ。
おまえの考えていることくらいわかってはいるがいいかげんもう限界だ」
「私の考えていることがわかる?
私は別に普段と変わらないわよ。何事がある訳でもないしね」
自分の態度が意固地になってるってことくらい自覚している。
でも意固地にならずにいられない。
そんな私の気持ちだってレイスだったらわかってくれていると思っていた。
「、いいかげんにしろよ。この馬鹿っ!!」
「馬鹿ってなに?私は何でもないって言っているのに。お願いだから一人にして!」
「だから放っておくし話をしたりもするんだろう?!
、おまえの考えていることくらい俺にわからないと思うのか?」
迷いも無く言い放たれた言葉。
遠慮なんてない関係だと思っていた。今の言葉からもレイスもそうだと感じられる。
そう思っているのならなんで静かにしてくれないの!
「だったらっ!!」
「?」
「だったらどうしてあんなこと言ったの。どうして他の人達と一緒のことをあなたが言ったのっ!!」
怒りのあまりに私の瞳から涙が一粒零れ落ちる。
そんな私の様子をみてレイスは少しピクンッと肩を揺らしたがそのまま自分の気持ちを落着けるように
静かに口を開いた。
「他の奴らと?」
「言ったじゃない。他の国の生まれだから違っていても仕方がないな、って!!
私がそれを聞いてどれだけショックだったかわかる?
レイスだけはそんなこと言わないって信じていたのに、それなのに……」
どこへ行っても言われる言葉。
関わりが増えれば増えるほどお互いのことを知る。
それは仕方がないことだし、関係を深めたいと思うのならそうならざるを得ない。
それはわかっている。わかっているけれど。
「私にはいつも覚悟が必要だった。
この国の生まれじゃない。それを嫌だと言っている訳じゃないしそんなことは些細な事だってわかっている。
でも、そのことを重要視している人だって中にはいるってことも私は知っていたから。
自分がそんなこと大したことじゃないって言っても、たったそれだけで今までの関係が全て無に帰ってしまう
こともあるんだって」
自分と違うものは決して交わることの無い、個人を見るのではなく形だけを見る、
同じものだけを受け入れることしか出来ない人もいるってことを私は知ってしまった。
「だけどレイスだけは違うって思っていたのにそう思っていたのは私だけだったの?!」
レイスとはずっと関わっていたかった。
男とか女とか友達とか恋人とか関係なく、一人と一人の個人として。
だから余計に痛くて悔しくていつもみたいに平気な振りなんてできなかった。
「。俺だってそんなことは関係ないって思っている」
「じゃあ何故?どうして皆と同じ、私を余所者だって言ったのよっ!!」
怒りと悲しみでごちゃごちゃになった私の顔をレイスは黙って見つめた。
先程の激情とは打って変わって今はレイスの顔には何の感情も浮かんでいない。
しんと静まり返った空間。レイスと二人きりでこんな雰囲気になったことは今までになかったが
一度感情を吐き出してしまったせいか不思議とその空気を受け入れられた。
「。おまえはそのままのおまえでいいんだ」
唐突な言葉に私の頭が一瞬空白になる。
「レイス」
「おまえは確かに他国の血が流れている。だがそれがおまえという人間をつくっていると俺は思っている。
この国の人間には感じられないことをおまえは感じられることができる。
だけどおまえはこの国に来て、この国で育ってこの国と他国の両方の心を持っている。
それがおまえだと俺はずっと思っていた」
母さんは自分の生まれた国のことを多くは語らなかった。
だけど母さんはその国を受け入れて育ってきたのだと思う。
この国に来てからも自分の国とこの国のいい所の両方を受け入れてそれを私に伝えてくれた。
「それって私は両方の国を受け入れてもいいってこと?
他国の血を持ちながらこの国の人間でいていいってことなの?」
母さんと同じことをレイスは言っている。
否定することは無い。受け入れればいいって事を。
「難しいことはわからない。でもおまえは全部を含めておまえだ。
っていう一人の人間だろう?それ以外にどうあれっていうんだ?」
「レイス……」
私の瞳から涙が零れ落ちる。
自分でも知らないうちに頑なに決め付け忘れていた自分の心をレイスは感じ取ってくれていた。
自分で縛り付けていた私の心を。
「レイス」
「ん?」
「ありがとう」
「礼なんて言われることはない」
いつも当たり前に私に気付かせてくれて、何もかも当然のように私を諭してくれる。
「……レイスって来年お城に上がる年だったよね」
「ああ。うまく受かればだけど」
「発表はまだなの?」
「もうすぐだと思うが」
「だったら」
「?」
「だったら、お城からの通達がくるまで……私と一緒にいてくれる?
今までと変わらずに、その、私の傍に」
レイスの前で久しぶりに涙を見せた手前バツが悪くて言いよどんでしまう。
そんな私を見てみぬ振りをしてレイスは表情を軽く緩ませた。
「ああ。お城にあがってからもおまえとの付き合いを止める気はない」
「ありがとう」
「だから礼はいらないって。当然のことだろう」
照れくさそうに笑うレイスの顔。小さい頃から傍にいてくれたレイスの顔。
私が無茶をしないようにさり気なく守ってくれていた。
これからレイスがお城に上がることになれば会うことは難しくなる。
それでも私達の付き合いは変わらないだろう。
いつもレイスの心が私の心のどこかにある限り私達の変わらない関係は続く。
back