隠しきれないこと 



「ねえルティ、これなんだけど……あれ?」

書類片手に部屋へと入ったを出迎えたのはしんと静まり返った部屋だった。細やかな音と様々な香りが漂う空間の主人が
この時間にいないことは珍しい。余程の急用か重要事かはたまた何か思い立ったのか。いや、きっと気分が乗らなかったからが
一番近いかもしれない。此処の所、ふと見ると作業の手を止めて考え込んでいることが多く、そこに浮かぶ表情は少し怒っている
ような面倒臭そうなものでそれは自分の思う様に行かない時によく出るものだった。いくら調合好きのルティと言えど休みを入れたい
時もあるだろう。まあ、それもから見れば休みとは言えないほどのほんの少しの時間ではあったが。

「ルティがいないならどうしよう。って言っても戻るしかないか」

事務仕事をする部屋へと戻ればまだ山となっている書類が待っている。息抜きがてらに解らない所を聞きに来たがどうやら先に
他を片づけた方がよさそうだ。自然と漏れた溜息に小さく苦笑いすると観念したように戻りかけたの耳に小さな音が飛び込んできた。

「……ルティなの?」

恐る恐る音のした方へと近づくと外へと続く窓が開けられている。そこに見慣れた茶色の頭がわずかに覗いていた。

「ルティ!」

の声に下を向いていた頭がびくっと揺れると勢いよくこちらへと振り向かれる。突然のことだったからだろうか。
普段はあまり見せない驚きを露わにした素の表情がそこには浮かんでいた。

、なんでここにいる?!」

「なんでって、書類でわからないことがあったから聞こうと思って」

「…………。わかった、すぐ行くから、部屋で待っていろ」

最初の言葉は小さく呟かれ聞き取れなかったが、歯切れ悪く答え手元を隠そうとするその様子はあまりにもルフィらしくない。
訝しげに思いながらが外への一歩を踏み出そうとするとルティの顔色が一気に変わった。

「直ぐ行くから!こっちにこなくていいっ」

「……何か見られてまずいものでもあるの?」

「そんなものあるわけないだろう!」

「だったら隠さなくてもいいわよね」

言葉に詰まったようにぐっと顔を顰めるとしぶしぶと手を元の位置へと脅す。そこにはいつも作業に使っている道具があるだけだった。

「いつもと同じよね」

「だから何もないって言っただろう」

「それなら何もそんな所で作業をしなくたっていいのに……ん?」

あからさまにほっとした表情を浮かべるルティだったがが言葉を止めると一瞬で凍りついたように強張らせた。

「甘い匂い?それに爽やかな匂いと酸味なのかしら」

どれも自然な香りだ。呼吸をすると心地良く身体に行き渡って張り詰めていた力が抜けて行くような気がする。
そんな香りがするのは作業場では珍しくないかもしれないがどこか引っかかりを覚え頭を傾げるとルティはこちらに向けていた顔を
静かに逸らした。

「あれ?これあの時の香りに似てるのかな」

穏やかで優しい香りは以前に嗅いだことがある。まだここで仕事をするようになって間もない頃、慣れないことの連続で疲れ切っていた
に黙って差し出されたカップから同じような香りがしていた。まだルティの事が良く分かっていない時だったが半分怒ったような顔に
戸惑いながらも一口含んだ途端に広がったそのおいしさに驚きながら飲んだ記憶がある。

「でも少し違うかも」

記憶を蘇らすように集中するにルティは観念したように顔を元へと戻すとゆっくりと口を開いた。

「あれは試作段階だったからな。今のこれは配合を繰り返した上に完成したものだ」

「そういえばあれ以来作っていなかったよね?」

「完成していないのに出す訳にはいかない。それにそういつも用意できるものでもないからな」

「材料を揃えるのが難しいの?」

「それもある。でも調子が悪くないのに出す訳にもいかないだろう」

確かにまだまだ知識の少ないから見てもすぐそこにある材料ではないことがわかる。でもそれを揃えてくれたってことは
の疲れが溜まって来ていることに気がついてくれていたということだ。しかも前よりも香りが複雑になっている。
つまり材料を集めるのも大変なのに用意してくれ納得ができる位に調合を繰り返してくれたのだ。

「良い香り」

「もちろんだ。調合は日々の積み重ねであり僕の研究課題だ。しかも検証結果を次に生かすこともできる」

あくまで研究課題と素っ気なく言うルティの耳は赤く、無理したように作った表情が意地を張っているようで思わず顔が綻んだ。

「笑う必要ないだろう」

「嬉しいから!ルティ、ありがとう!」

「おまえだけの為じゃない」

「そうね」

「まだ笑ってるっ」

感謝の気持ちをわかっているのに照れ隠しに否定を続けようとするルティに更に笑顔を向けて口を噤ませるとさっそく作ってくれた香草茶を
美味しく入れる為の準備へとは足を進めたのだった。



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