二つの闇と光



夢を見た。
現実ではないとわかっているのに、いやに本物かと思えるくらいその夢は息遣いに溢れていた。

迫りくる音、気配、そして闇。その闇は私をすっぽり包み込もうとする。
全ては現実でないのにその全てを現実と感じる程の恐怖。

今思えばあれは予兆だったんだと思う。
でも、あの時は私も私なりに必死で戦っていた。
毎日同じ時間(とき)を繰り返し単調な毎日を送っていたのだとしても、私には一日を過ごすのが必死だった。
今こうして笑っていられるのが不思議なくらいに。

あれ以来私の夢に闇が現れることはない。
どうしてだろう。闇は変わらず私の傍にあるというのに闇を闇としてみることができなくなった。
いや、それもおかしな言い方だ。闇は変わらず闇なのに、それ以上のものもあるのだと知った。
闇も世界の成り立ちの一つで、自分の中にもしっかりとあるのだと認識したからなんだと思う。

この世には闇が溢れている。闇の存在しない世界なんて有り得ない。
もし、闇がなければ光さえもなくなってしまうのだから。

闇と光。どちらもかけてはならないもの。2つで1つのもの。
人は光を求め、そして、闇をも求める。そうして世界は成り立っている。
その均衡が崩れれば、世界も人の心も崩れてしまう。

だから今、私は彼を求めるのかもしれない。



                           *

「何をしているっ、ボヤっとするなっ!」

「すみません、隊長!」

「半分は村民の誘導と救出、あとの奴は好き勝手やってる魔物の退治だ。急げ!」

「はいっ」

ヴァルアスの指示に躊躇することなく、隊員が散ってゆく。
普段は冗談好きの練習不真面目な所もある人が多いのに、こんな時指示が飛べば迅速に揉める事無く
自分のやるべき事へと取り掛かる。

さすがプロだ。

「さて。ったく、邪魔な奴らだ。さっさと片付けるか。!俺の傍を離れるなよ!」

「了解!でも私だって戦えるわよ」

「冗談!俺の心臓がもたないから止めてくれ」

家は所々壊され、瓦礫があちこちに散らばっている。幸い見たところ怪我人はいなさそうだ。
集団で襲ったとはいえ、力があまりない魔物らしい。

「……!」

声と共に腰に手を回されグイッと引き寄せられた。
耳のそばを風が唸った途端、大きな音と共に私に後ろから襲い掛かろうとしていた魔物をヴァルアスの剣が
切り伏せていた。

「だからっ!俺の心臓が持たないから俺の傍から離れないでくれっ!!」

、頼むから、と声なき声とヴァルアスの瞳が懇願するように私の瞳を捕らえる。

風が魔の気配に呼応したのか、渦をまいて村の中心を通り抜けていった。
澱んだ空気も辺りを覆いつくしている。気持ちが悪くなりそうだ。

「隊長!村人の救出他完了しました!移動も始めています」

「魔物は?」

「そっちも大丈夫です」

「よし。おまえたちは村人を頼む。俺とはここをもう一度見回ってからそっちに合流する」

「了解!隊長、気をつけて下さいね」

「ああ。そっちも任せたぞ」

バタバタと戻っていく隊員を見送りながら、ヴァルアスは私へと再び瞳を戻す。

、疲れていると思うがもう少し付き合ってくれ」

静まりかえった村にはまるで生きているものの気配を感じ取ることができない。
夕暮れの日を背にたたずむヴァルアスはどこか寂しげに見えた。

「ヴァルアス?」

儚く消えゆきそうなその姿に私は思わず手を伸ばした。

「ヴァルアスッ!」

伸ばした右手が逆に掴まれ取り込まれる。

「ヴァ、ヴァルアスッッ」

「このままでっ」

「……?」

「悪い。。もう少しこのままで」

ヴァルアスの両手が私をギュッと抱きしめる。だが、その手は少し震えていた。

「どうしたの?」

私はヴァルアスの背中にそっと手を回し、気持ちを静めるつもりで囁くように優しく尋ねた。

「恐いんだ」

「……なにが?」

「自分が。平気で魔物を殺すことができる自分が。
 一歩間違えればあいつらと同じ存在になっていたのかもしれないのにためらうことなく自分の同属ともいえる存在を
 殺すことができる。なんの感情もなく、いや、むしろその行為をどこか楽しんでいる自分が恐いんだ」

「魔物だなんて。そんなことあるはずない。ヴァルアスはそうならなかった。
 それに魔物退治だって皆の生活を、命を守る為にしてくれている。隊の皆だって。そうでしょう?」

「いいや、は知らないだけだ。俺の中には未だに負の感情が詰まっている。
 ほんの皮一枚で繋がっているだけ。
 いつ自分が誘惑に負けて身を任せてしまうか俺にだってわからないんだっ」

大きな音を立てて唸る風。この時のヴァルアスの姿はその風に流されていきそうに弱々しく感じられた。

「自分が信じられない?」

私はヴァルアスに回した手に力を込めると俯けられた顔を覗き込むように問いかける。

「ねぇ、ヴァルアス。そんなに自分を信じることができない?」

「ああ。俺だって本当は信じたいさ。もう全てが終わって、何もかもが自由で俺は縛られることはないって。
 でも、いつも不安なんだ。俺の中には闇があって、決して消え去ることはない。
 いつ元に戻ってしまうかもしれないって!」

吐き出される言葉に私は苦しくなった。
ヴァルアスの闇は深く、果てがないものだと。

「ヴァルアス」

私の声にゆっくり閉じられた瞳が私の瞳にあわせるように開いた。

「ヴァルアス。自分を信じることができないのなら私を信じてみない?」

……?」

「私だって自分に自信があるなんてはっきり言えない。
 でも、でもね。あなたにとって私ってなに?
 私はあなたの守護者よね。あなたの人生の伴侶なんでしょう?そうやって言ってくれたのはあなたよ?」



「だったら一人で苦しまないで二人で苦しまない?
 私の中にだって闇はあるわ。ヴァルアスに話せないくらい汚いことだって考えている。
 でもそれだって普通なの。っていう一人の人間なの。
 生きていればどうしたって闇を持つことになる。ヴァルアスはそんな私に幻滅する?そんな私は嫌?」

「そんなことないっ!俺がに幻滅する?嫌いになる?
 おまえを誰にも見せたくないくらい、おまえを独り占めしたいくらいに好きなで堪らない。
 そんなおまえを否定するなんてありえない!」

「なら私を好きになってくれたように自分も好きになってよ。
 すぐにじゃなくていい。ゆっくりでいいから……ね?」

言葉を紡ぎながらじっと見つめる私の瞳を少し潤んだ瞳が見つめ返していた。

、ありがとう」

私と同じくらい、いや、それ以上の力で抱きしめられた。
その力に私は苦しく思いながらも微笑む。私の言葉が、心が届いたのだと思えたから。

私の闇はヴァルアスに会うことで一度は終わり、そして再び闇として存在するようになった。
私の中にも闇はあるのに、彼は私を光だと言ってくれた。
この世界の魔の月に勝てる程の月の光だと。
ヴァルアスにとっての光が私なのだというのなら私は彼の光であり続けたいと思う。
闇を内に秘め続けながら輝く光でありたいと。

「俺のたった一つの光。、それがおまえだ」

ヴァルアスのその言葉がある限り、私も私の中の闇を怖れることはないのだから。



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