二つの想い



「あ〜、こんなところにいた」

木陰の下に寝転がってうつらうつらしていたヴァルアスは頭上から掛かった声で
意識を覚醒へと導かれた。

日中の暑さが薄れ、風が夕暮れへと移り変わることを知らせるように心地よい感じで吹いている。
一日の疲れが出てくるこの時間帯は少し横になるにはちょうど良かった。

「……なんでここにいるんだ」

機嫌の悪さを隠そうとせず面倒くさそうにぼそぼそと話すヴァルアスを気にも止めずにレイスは両手に抱えていた
大量の荷物を下ろすとヴァルアスの横へと同じように寝転がった。

うーん、開放感!などと言いながらレイスは思いっきり手を伸ばしている。

普段気さくで明るく人当たりのいいヴァルアスではあるがそれは本来の姿を隠すための自衛策だ。
誰とでも程よく付き合いをすることで知られたくはない、奥底に潜むものを隠そうとしている。
だがそんなヴァルアスの様子に気がつくのは余程人の感情に敏い者か、表面上の顔を外して付き合える
相手だけだ。
レイスはそんな中の一人で個人的な感情が近いのはもちろん、何より大切にしたいと思っている人が
同じだと言う点でより分かり合える相手だった。

「心配していたぞ」

「…………!」

「ひょっとして魔物が出たんじゃないかって」

その言葉で体を急いで起こした。

息抜きのつもりでとった時間が自分が一番大切にしている存在に心配をかけていたのかと思うと
きりっと胸が絞られる。
情けなさも相まって動きが止まってしまったヴァルアスへのんびりとしたレイスの声が掛かった。

「きっと見回りついでにどこかに寄り道でもしているんだろうって言っておいた。
 俺が探すから戻っているようにしておいたが大丈夫だろう?」

ヴァルアスの気持ちを知っていてわざと煽るような言い方をしているようにもとれる。
レイスは挑戦的に上目使いでヴァルアスを見ると薄く笑った。

「レイス。おまえ予想がついていたんならなんでをここに連れてこなかったんだ」

「おまえがそれを言うなよ」

静かな声が淡々と言葉を紡ぐ。余分な言葉が入らない分余計にその意味が胸に突き刺さるようで苦しい。
レイスは寝転んでいた体を起こすと真正面からヴァルアスを見据えた。

「おまえがそれを言うのか?おまえが自ら動かなくてどうする?
 ヴァルアス、俺はおまえを信頼しての隣にいてもいいって思っているんだ。
 今まで俺があいつを守ってきたのと同じくらいおまえなら大切にしてくれるだろうって。
 それなのにおまえが俺に動けと言うのか?俺がの傍に今まで通りにいても気にならないのか?」

レイスは一端言葉を切り視線を向けると、堪えていた何かを吐き出すように言い放った。

「おまえがを悩ますってどう言う事だ?何が俺に任せておけだって?!
 言葉が足りなければ行動でだなんてそう言うのは誰にも負担をかけずにすんでから言うんだな。
 自分のこともできない奴がの傍にいて守るなんてこと出来るわけないだろうが!」

厳しすぎる言葉にも言い返すことが出来ない。いつも傍にいることなんて不可能なのにレイスの言葉に
言い返せないのは自分の不手際でを不安にさせたのは事実だからだった。
黙って項垂れるヴァルアスの肩を突然小さな衝撃が襲った。

「まったく、おまえらしくもない。俺の言葉全てを飲むなんてな」

「レイス?」

ほんの少し呆れたような表情でいつの間にか肩に回していた腕で力強く叩くとヴァルアスの身体が
勢いよく前へとつんのめった。

「おいっ、レイス!何を」

「俺に言われたことを素直に聞くなんておまえらしくないだろう?
 ヴァルアス、おまえいつもは自分勝手に暴走するくらいの勢いでのこと俺に言うし行動しているのに、
 そんな愁傷な態度を取られると調子が狂っちまう。まあ、つまりはへの気持ちが強いってことだろうが」

レイスはふうっと息を吐くと負けたなと呟いていたがどこか満足げな表情を浮かべていた。

「俺の忠告は終わり。ほらっ、何やっているんだ。もうすぐ勤務時間も終わりなんだろう?
 こんなところにいつまでもいないで早く戻ってを安心させてやれ」

自分の今の状況を省みずレイスは少し落ち込んでいるヴァルアスへ声を和らげ諭すように話しかけた。

「……すまなかった」

「俺に謝ることじゃない。俺はが笑っていてくれればそれでいいんだ」

「ああ」

逸らさない視線の強さがその決意の強さを伝えてくる。
ヴァルアスに笑みを向けるとレイスは追い払うように手を振った。

「わかったならさっさと行けよ」

「すまない、また」

レイスの言葉に怒ることなく、ヴァルアスは立ち上がると慌てて走り出した。
愛しくて守りたくて今は自分の帰りを不安げに待っている大切な人のもとへ。
いつもの余裕が見えない姿を見送るとレイスは小さく息を吹き出すと再び横になった。

「俺のこの大量の荷物を持ってやろうなんて少しも考え付かなかったか。
 ……まあ、それだけ必死ってことなんだろうな。こっちは一安心だろう。
 それに比べてこっちは……毎回毎回いい加減にして欲しいよまったく。それもこれもあの人がこんなに注文するからっ!」

ブツブツ言いながらも顔は笑っている。

大量の荷物を横目に見ながらレイスは来た時とは違う、晴れ晴れとした気持ちでゆっくり目を閉じた。



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