不安と幸せの行方



「まさかこんなことに悩む日がくるなんて」

全てに決着がついてとりあえずは心配事のなくなった平和な日々。
胸が、胃が痛む日からさよならしたはずなのに今頃こんなに悩む日がくるなんて思ってもいなかった。
あの頃は命の危険と切迫していたから心安らぐ時なんて少しもなかったけれど、だからこそ本当のルティを
見ることができたのかもしれない。

口が悪くて怒りっぽくって、でもそれは自分をうまく表現することができなかったから。
さびしがりやで怖がりで、相手のことを思いすぎてしまうから誤解を招いていた。
一緒に過ごすうちにわかってきた相手にいつの間にか心が囚われてしまい、ルティも同じ気持ちだと言ってくれたけれど、
まさかこんな結果になるとは想像もしていなかった。

「なにため息ついているんだ」

城の中庭は城に勤めている者なら誰でも立ち入ることはできるけれど忙しい時間にまでここで休む者はいない。
それがわかっていたからここに来たんだけど。

「あまりにもタイミングが良すぎるわ」

「別に狙ってきた訳じゃないぞ」

「どうだか」

「違うって」

笑いを含んだ声に少しむっとして振り返るとそこには当然のように佇む青年の姿があった。



                               *

「隣いいか」

レイスはが返事をする前に隣へと腰を下ろした。
いつも忙しく飛び回っているレイスだがこの場所に来たということはある程度仕事に目処がついたのだろう。
その証拠に表情がどことなく明るく、肩の力が抜けて見える。

「今日はいいの?」

「たまにはいいんだよ」

俺だってゆっくりしたい時もあるんだ、と庭の花をうれしそうに見ている。

自分達の住んでいた村と違って城にしろ、街にしろ、人の手が加えられた以外の自然はほとんどない。
街外れまで行けば森はあるが、すぐに行ける距離ではないのはもちろん何しろ時間がない。
いつも自然に囲まれているのが当たり前だった自分達にとってそんな状況は慣れるまで大変だった。
植物は心を癒してくれる。にとってもレイスにとっても。
だから本当の自然には敵わないにしろ、城の中庭は二人の憩いの場所となった。

お互い仕事の都合でゆっくりこの場所で一緒に過ごすことはないけれど。

「俺よりもおまえだよ、。いったい何を悩んでるんだ?」

「聞いてたの?!」

「大きな独り言だったから聞こえるって」

恥ずかしい。
思わず顔を覆ってしまう。

いくら気心のしれた相手でも想い悩んでいた内容が内容だったから相手に状況を知られていなくても
声に出していたことを知られてしまうのは恥ずかしかった。

「今更だろ」

呆れた感が含まれた声だったが、からかいの色はない。
その声に勇気をもらい、ゆっくりと顔を覆っていた手を外すとそこにあるのは真剣な表情のレイスだった。

「よければ話せよ」

お前が少しでも楽になるなら、と言ってくれたレイスには覚悟を決めると心の内を話し出したのだった。



                                 *

「恥ずかしがっている場合か」

思わず逃げ出そうとしたへとかかった声。

「だって」

焦りだとか、緊張感だとか、いろいろな感情が合わさって追い詰められた。
鏡を見なくてもわかる。きっと真っ赤になっているだろう。身体中が火照って仕方がない。
自分の中の感情がいっぱい過ぎてはち切れそうでどうしようもなく、いつものようにレイスに相談してみたのは
よいものの、話している途中に段々居たたまれなくなってしまい、つい逃げ出すなどと言う行為をしてしまった。

「だってじゃない。おまえが俺に恥ずかしいことを曝すのは今更だろうが。
 それにな、独り者の俺によくそんなノロケを話せるな」

「ノロケ?」

「意識していないところがおまえらしいが、それは十分にノロケって言うぞ」

そんなこと言った覚えはない。
だってまだ始まったばかりなのだ。全てが終ってこれから二人で歩みだそうと始めたばかりだと言うのに
そんな状態になる時間なんてなかった。

「まったくおまえは……ま、だからこそだな」

少し呆れたような表情のレイスだったが、をよく知っているからこそ言える言葉だった。
それでも恥ずかしくて俯いていた頭に温かい手がそっと乗せられる。

「とにかく心配することは何もない。いいな」

「う、うん」

よしっ、と軽くの頭を叩くとニッコリとレイスは笑った。
そんなレイスに押し切られた形では自分を納得させてしまおうとしたがどうにも頭がグルグルしてしまってうまくいかない。
自分がレイスに何を相談したのかさえわからなくなってきてしまった。
そんなの様子にレイスは再びポンポンと頭を軽く叩くとそのままの勢いで自分へとを引き寄せた。

「レイス?!」

「静かにしろ。いいか、。ちょっと黙っておけ」

「な、に?」

「いいから」

回した腕に力を込めるとレイスは慌てるの耳元で小さく呟く。

「静かにしとけよ。おまえの不安取り除いてやる」



                     *

「こんな所で仕事をさぼって何をしている」

中庭へと続く階段からかけられた声はその表情と同じく怒りを含んでいた。
先程までのどかそのものだった空気が一変にしてピリピリしたものへと変わる。
ルティの怒りに同調したように三人の間を突風が吹きぬけた。

は僕の信頼の置けるパートナーだ。仕事をさぼってまで何をしている?
 おまえがの幼馴染だろうとそれはここでは関係ない。不必要に僕達の邪魔をするのはやめてもらおう!!」

「邪魔?俺のどこが?」

「僕達の時間を遮ることだっ」

信じられない。ルティの言葉に呆然としてしまう。
今までは人前でそんなことを言ったことはなかったし、二人だけの時だって優しい言葉も欲しいと思っていた
言葉もなかったのに。

「はぁっ、まったく」

やけくそ気味に吐き捨てたため息と声がの思考を遮った。

「やってられないぜ。わかっただろう、。おまえの心配することなんて何一つないってことを」

肩に回していた腕をやんわりと支えにしながら立ち上がると後ろ背にヒラヒラと手を振る。

「じゃあな、お二人さん」

呆然と見送ると対比的にルティの表情は固く、いつまでもその背を睨むように見つめていたのだった。

「結局、おまえはあいつを選ぶんだな」

断定の答えを導くルティには我を取り戻すと不安に思っていたその心の通りに口を開いた。

「ルティ。ルティは前に言ったじゃない。ルフィアさんと同じような存在がレイスなんだなって。
 わかってくれているんじゃなかったの?私だって同じ事を言いたい。
 でも言えない。一度口を開いたら言葉が止まらなくなりそうだから。
 それなのにどうしてそんなことを言うの?私はとっくにルティだけを見ているのに。
 甘い言葉と疑う言葉。でもどちらも私への言葉と気持ち。
 それはわかるけど、今まであんなにそっけなかったのに混乱させるようなことを言うから……
 もうっ、平常心でいられる訳ないじゃない!」

不安になっても仕方がないじゃない。
自分達の間にはいつもたくさんの言葉があった。お互いに気分が悪くなるであろう言葉もたくさん。
事実、何で自分がこんな目に合わなくてはならないのか、と思ったことも一度や二度ではない。
その感情のままに自分でもしまったと思うほど言い過ぎたりもして。

それなのにだ。
全ての事がわかり本当のルティを見ることができてお互いの心を掴み取った。
それがこんな不安な気持ちへと運ぶなんて想像もつかなかった。

言葉がきついのは変わらない。
それでもその言葉と共に視線にこもった想いがを混乱させる。
あまりにも甘過ぎる想いが、の心を溶かしてしまうのだ。
嫌ではないが戸惑いが大きすぎて素直になれない。
本当は、本当は想いのまま全てを委ねてしまいたいのに。

「おまえだって僕を不安にさせている」

強い視線がを貫くように捉える。
魅入られ動けないのは、震えが来るのはまだあの力がルティを支配しているから?

「違う、わ」

?」

「違う。私が本当は認めたいから。ルティ、あなたの心と気持ちが本当に私に向いているって。
 私はこの幸せを受け入れてもいいって」

がルティを救ったことで緩和した気持ち、感謝の気持ちを好きという気持ちと勘違いしているのではないだろうか。
どうしてもそう思ってしまう自分が嫌で余計に素直に受け入れられなくなる時がある。
自分のことでいっぱいになってしまってルティの心が見えなくなってしまうの。

「いたっ」

突然頭に軽い衝撃を受けて痛くはないのに、思わず痛いと言う言葉が出た。
いつの間にか下がっていた頭を上げるとそこに飛び込んできたのはルティの困ったような顔。
それなのに視線が合うと慌ててそっぽを向いてしまった。

ルティ……顔が赤い?

「当たり前だろう。そんな当たり前のことを悩んでいたのか」

「そんなの……っ」

「今更言わないとわからないか。僕はおまえと幸せになりたいから気持ちを打ち明けたんだ。
 そうでなければこんな恥ずかしいこと言えるものか。
 ……僕の方こそ同情からおまえが僕に言葉を言ってくれたのかと思ったぞ」

何せ、僕よりもあいつとの方が仲もいいしな。

少し悔しそうに呟く声が聞こえた。

「わっ」

慌てるルティの声に構わず、はルティに回した両手でギュッと抱きしめる。
離せと言われ続けるルティを無視し、は力を込めた。

「私はあなたとこれからも一緒にいたい」

伝わるように気持ちを込めて。
恥ずかしいけれど恥ずかしがっていては伝わるものも逃げてしまうから。

「僕もだ」

下がっていた両手がの背に回る。
言葉が沢山すぎると恥ずかしくなってしまうから、吐息に両手に心を込めて伝わるように。
お互いの気持ちが同じならばそれだけで十分だから。



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