できる限りの休息



近年の気候の乱れによる寒さは厳しい。年を重ねるごとに気温の上昇時期はずれ、各地で災害が報告されるようになった。
だがそれについての対策も徐々に対応できるようになり、こうして月が一周期を超えればほぼ被害は沈静化を迎えている。
忙しい時には関係のないの部署までその処理に駆り出されていたが今は通常業務に戻ることができていた。

は紙に走らせていた手を止めると窓の外へと目を向けた。寒さは和らぎ空気はほんのり暖かみを感じる。樹木が少しずつ
新芽を吹き出して来ており、空の色も透き通るような青さを放ち清廉な大気がこうして部屋の中にいても感じ取れる程だ。
固まっていた肩を解すように回すと微かに感じる疲れを振り切るように立ち上がる。一区切りも付いたしこのまま続けても
集中が途切れた状態では進みはよくないだろう。休憩がてら外にでも出て見ようかと立ち上がると重い重厚な扉が音もなく
大きく開いた。

「……驚かせないで下さい!」

「どこかに行くのか?」

の言葉を流し逆に問いかけるとサーシェスは机の上に書類の束を置いた。いつもはある程度目処がつくとが次にやる事を聞きに
執務室へと赴く為、こうしてこの部屋に来ることは珍しい。 が一人部屋に閉じこもって仕事をする時はサーシェスの仕事の都合による
所が大きいからだ。余程緊急性があるのだろうかと不安と諦めにも似た表情を浮かべるとサーシェスの眉がぴくりと上がった。

「行く所があるのか?」

機嫌を損ねたのだろうかと思いながら仕事だから仕方がないとサーシェスが求めているだろう答えを返した。

「急ぎでしたら今からやります」

「別に直ぐのものではない。それよりどこへ行くつもりだった?」

「……外へ」

何で何度も聞かれるのだろうと内心不思議だったが素直に答える。目の前の表情は変わらない。でもどこか少し戸惑うような
様子がサーシェスらしからぬように感じた。

「外はまだ寒い」

「そうですね。でも寒さも峠を越えましたから大丈夫です。大分木々や植物が芽吹いてきましたから気分転換も兼ねて
 見てみようかなと思って」

少しくらいの時間なら今日の仕事にも差し支えはない。書類の追加はあるが急ぎではないとはっきり言われたのだから
サーシェスも駄目だとは言わないだろう。上着を取ろうと背を向けるに小さなそれでいてはっきりとした声が掛かった。

「私も行く」

「えっ!」

あまりの事に取った上着を落しかけてしまいながらも空中で受け止めるとそのままサーシェスへと向き直った。

「私が一緒では嫌か」

「いいえっ、そんなことないです」

の視線を受け止めるサーシェスの顔はそむけられることなくまっすぐ向いている。瞳の強さにそのまま魅入られてしまう。
目の離せぬまま掛けられた言葉はの思考を一瞬奪うほどまで強力なものだった。

「戻ったら温かいものでも飲むか。菓子も一緒に」

「一緒に?それにお菓子も、ですか?」

「味が良いと聞いたから用意した。甘いものは好きだろう?」

「は、い。でもわざわざ私の為に用意して下さったんですか」

「最近疲れているだろう。休憩と糖分は取った方がいい。休養と呼べるほどの休みは取らせられる余裕はないが」

言いながら顔を背けるがその顔はいつもの表情の見えない顔ではないだろう。本人には言えないがその証拠に首もほんのりと
赤く染まっている。嬉しい気持ちが表情に出るのは必死で抑えるとは冷静さを言い聞かせながら返事をするべく口を開いた。



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