あしたをこえて
日が沈むと不安になる。夜は全てに公平だというのに訳もなく自分一人に圧し掛かってしまうのだと深く思いこんでしまう。
今この平和が一瞬で崩れ去ってしまうのだと月を見上げ眠れなくなってしまうのだ。
それは自分の心の奥に潜む形が湧き出てきているせいかもしれない。いつの間にか抱いてしまった驕り。
かつて自分がしたことを褒め称えて欲しい、評価してもらいたいと思い、この立場は誰にも代わることはできないと
絶対的なものを望んでいる。そんな都合のよいことなどあるはずもないのに。
「」
思い沈んだ心の中に入ってきた温かな声。それと同時に柔らかな布で肩からすっぽりとくるみ込まれた。
「そのままでは体調を崩してしまうよ。ほら、もうこんなに体が冷えている」
いつの間にか冷たくなっていた手を大きな両手が温めるように重ねられる。身近に感じる熱が全身の強張りと緊張を
取り去っていくような気がした。
「いつまで続くんでしょうね」
「ん?」
「何も起こらない日々が。魔物に追われることもなく夜を過ごすことがいつまでできるんでしょうか」
魔物はまだどこかに潜んでいる。街にもたまに現れることはあると言うが以前と比べれば格段にその数を減らしている。
空気が淀むほど活性化していたのにそれがピタリと止まっているのだ。何かある前触れだと思えても仕方がないだろう。
「そうだな……」
心細気に揺れる声に気が付いたのかどうか。リュークエルトの手が慰めるように肩へと回された。
「が心配する気持ちもわかる。魔物が全ていなくなった訳ではないしいずれまた人々を襲うようになるかもしれない。
城で対策を取っているとはいえ完全に対処できるかどうかはやってみないとわからないだろう」
「やっぱり無理、ですか」
「今はそうかもしれない。でもいつか魔物に怯えないですむ日が来ると俺は信じている」
力強い言葉なのにその言葉が信じられない。いつもなら安心するはずの声が疑心を運んで来てしまう。
変わらない毎日が終われば不安に埋め尽くされる日々が続くだけなのだと。
「、本当は何を心配している?」
リュークエルトの一言にどきっとした。表面的なものの奥底に潜んだ本当の理由を知られてしまったのではないのか、
自分の淀んだ心の一部を見透かされてしまったのではないかって。
「俺は変わらないよ」
「…………!」
「俺は変わらない。たとえこれから先、過去と同じようなことが起こったとしても心配ない」
「リュークさま……なんのことだか、わかりません」
言葉に閊えたに気が付きながらも迷いのない声が心を暴くかのように高らかに放つ。
「、君が言いづらいなら俺が言おう。君は俺が以前と同じように解き放たれてしまったらどうなるか不安なんだろう?」
「だって絶対なんてあるはずないっ。前と同じようにできなかったら、失敗してしまったら!」
「それでも俺は大丈夫だって思える。もちろんにも傷一つつけはしない」
「そんなことはいいんです!だけどもし私が、私が何とかできなければどうなるか」
「」
取り乱しかけたに厳しい声がかかりのろのろと向いた先から鋭い視線に射抜かれる。あまり激情を表さない
リュークエルトからは珍しいほどの厳しい表情だった。
「俺はそんなに弱くない」
「リュークさま、違います!私そんなつもりじゃ」
「今の君は自分が何とかしなくてはとしか考えていない。そんなに俺は頼りがないか?」
「そんなことありませんっ。ただ私の力がないと止められないって言われていたから」
「もちろん君の力は必要だ。だけど君の力全てに任せるつもりはないし俺が止めることができればそれが一番いいとは
思っている。だがそれは不可能に近いだろう」
大丈夫だと言いながらも不可能な事があるとするリュークエルトの真意がわからない。それにどうしてこんなにも安穏として
いられるのだろう。
「誰かが傍にいるということは何よりも力になるんだ。それに今まで過ごしてきた時間もね。これから起こる事が絶対に
大丈夫だなんて確証は俺にだってない。でも自分一人じゃないってことはどれだけ心強いと思う?
それにたとえ初めての事態が起ころうとしても積み重ねてきた経験が絶対に役に立つ」
「本当にそう思えますか?」
「ああ。無駄じゃあなかったと思うよ。もちろんあんなことはもう二度と起こって欲しくはないけれど。
誰かが傷つくなんてもうたくさんだ」
「リュークさま……」
「そんな顔をしないで、。君には笑顔で俺の傍にいて欲しい。俺の全てで君を守ると約束するから」
厳しかった表情が優しく和らぐ。いつも力を与えてくれる柔らかな笑顔で。
の驕りを感じているだろうけれど決してそれを口に出したりはしない。それどころか一人で重荷を背負わなくてもいいと
自然に言葉に示してくれる。不安になることがあったとしてもそれだけで心をいっぱいにしていたらせっかくの楽しい時も無駄に
すごしてしまうかもしれないと思わせてくれた。
「ありがとうございます」
守るといってくれるこの大切な人を同じだけ守りたい。眠れない夜はまだ続くだろうが温かな気持ちをくれる人に
心配をかけないように日々を超えて行こう。
繋がれた手を離れないようにと強く握り返す。自らの意思で気持ちを決めたの顔には晴れ晴れとした笑顔が浮かんでいた。
6周年企画作品 テーマ:感情 不安
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