荒々しくも静かに



煮えくり返りそうなほどの感情を抱えてリュークエルトは城の回廊を歩いていた。すれ違う者達が端へと慌てて寄っている姿も
見えていないのだろう。己の感情に振り回され鬼気迫る勢いで先へと進む彼の表情は珍しいくらいに近寄りがたいものとなっていた。

「おまえらしくなく荒れてるな」

降ってきた声に表情を改めることなく顔を向ける。警備隊服を着たヴァルアスがまるで待っていたかのように静かに姿を現した。
厳しい視線を投げられても気圧されることなく、壁にもたれかかったまま口を微かに上げるといつもと変わらない口調で口を開いた。

「おまえのことだからあいつのことを思って言ったんだろうけど放っておいた方がいいと思うぜ」

「聞いていたのか」

「いいや、でも大体想像はつくさ。おまえはお人好しだからあいつに何か言うんだろうってな」

ヴァルアスは軽いノリと少々不真面目な勤務態度であまり優秀でないように取られやすいがそれが実は見せ掛けだけであってかなり抜け目なく
取りこぼしのない実務をする。今でさえそうなのだから本気でやればリュークエルトより遥かに上を行くかもしれない。さすがヴォルフガング家
筆頭の実力者だ。能力を発揮させる所にむらがあってもそれを一つの魅力として十分に誇示させていると言ってもいいだろう。
だが肝心な所でちゃんとリュークエルトがサーシェスに対して何をしたのか把握ができている所が彼の情報収集の高さを表していた。

「おまえは見ていてもどかしくなかったのか」

「おまえがそう思うくらいだぜ?俺だって気にはなっていた。でもだからってわざわざ自覚をさせなくったっていいだろ。
 本気になる奴を一人増やさなくったっていいしな」

余計なことをしたと暗に匂わすヴァルアスの言葉に確かにとも思う。だがどうしても言わざるを得なかったのだ。あまりにも見ていて痛々しいほどの
サーシェスの姿はかつての自分の姿を重なって見えたのだから。

「まあおまえの気持ちもちょっとはわかるけど俺は俺の好きなようにやらせてもらうから。フレイアは俺が守る、全てから。
 もちろんお前達からも」

言いたいことを言い終わると次の瞬間にはヴァルアスの姿が消えていた。開いた壁の間から見ると裏庭を飛ぶように走っていくのが見える。
彼にとっては樹の高さ位から飛び降りるなどわけがない。唐突に現れては去っていく自由奔放さは時に羨ましくなる。
あれ程までに全てに自由であればこんなにも思い悩むことも少しは減るだろうか。

「俺も同じかもしれないな。自分で感情が抑えられているとは言えないから」

フレイアのこととなると感情が律しきれない。彼女と会う前の自分とはあまりにも違いすぎる姿に思わず苦笑を浮かべた。

「俺も覚悟を決めないと。フレイア、無性に君に逢いたいよ」

ヴァルアスのおかげか先程まで荒れ狂っていた感情が多少落ち着いたことを己に自覚させるとリュークエルトは何かを振り切るように
先へと歩を進めたのだった。



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