最高で最悪な人



「ちょっと、いったい何やってんですか!」

「何って、見ればわかるだろう」

そうだ。確かに見ればわかる。
だが、そういうことじゃなくて俺が言いたいのは

「なんで出かける支度なんかしてるのかってことですよっ」

俺は焦って自分の上司たるロランゲスを止めにかかったがそれ位のことで動じる人じゃあない。
そのまま手を止めずにさっさと自分の身支度を終えた。

「それじゃあ」

「……それじゃあじゃありませんっ!どこに出かけるつもりなんですか!」

「気の向くまま、かな」

「かな、じゃないでしょう!?あなたは自分の立場ってものを……人の話は最後までっ……待ってくださいっ!!」

人の言うことなど聞きもせず、ロランゲスは妙に楽し気な様子で部屋のドアを開け出て行った。

「もうっ、ちくしょうっ」

多少言葉が汚くなっても許してもらおう。それくらいでないととてもやってはいられない。
鬱憤は吐き出せるところで吐き出しておかないと自分が逆にやられてしまう。

俺は自分の身支度もろくにしないまま、慌てて上司の背中を追って飛び出したのだった。



                         * 

俺の名はレイス・ダルト。
城に勤め始めてまだ数年だが、それなりの仕事はこなしてきたと思っている。

そのせいだろうか。若手ながらも実力派という世間からの評価をもらっていた。
俺にとってもちろんそう言ってもらえるのはうれしい。
だが、素直に全部喜べるかと言うとそれがまた微妙に複雑だ。
何故かと言うと俺の上司があの人だったためにどうしても必要であることをこなしていた結果が積み重なって評価となって
ついてきたと言っていいからである。

しかし、本当に苦労の連続だった。
あまりにも自分の気分や思い付きで行動するため俺がどれだけ引っ張りまわされたことか。
背負い込むことはないことまでしょってきて自分は知らぬ顔、と言うのはちょっとおかしいな。
背負い込むどころか、自分が周りに迷惑をかけていることなど全然気付きもしていないのだから。

幸せだよ、まったく。その分そのツケが俺に回ってきているなんて何も知らないし。

それなのに仕事に関しては、妥協はしなくてほぼ完璧。
まあ、何かを追求するには何かが犠牲にならなくてはいけないのかもしれないが。
ああ、それでも振り回されて疲れ果てている自分のことを考えると暗くもなってくる。

……おっと、そんなことを考えている暇はないんだった。考えるのは後にしないと余計な手間が増えるだけだ。
一刻も早く追いついて連れ戻さなければ。



                                  *

「見つけたっ」

言葉と同時に俺はロランゲスの肩を引き寄せた。
前へと進んでいた体が引っ張られたせいで後ろへとたたらを踏んだようによろける。

「遅かったな、レイス」

少しの動揺も見せず落ち着き払った態度は、初めから俺が追いついてくることを確信していたのだろう。
それどころか、いかにも何をしていたんだと半ば責められるような口調で言われ、その態度に先程から少しずつ
溜まってきていた不満がここで一気にあふれ出した。

「あなたはっ、自分が狙われているという自覚がないんですか!
 こんなに気軽に出歩くなんて何かあってからでは遅いんですよっ。護衛なりなんなりつけてから外に出てくださいっ!」

「何をそんなに興奮しているんだ?」

「誰が俺を興奮させているんですか!あなたは自分の命が惜しくないんですか?!惜しいでしょうがっ。
 あなたがここで倒れたら好きな仕事も何もかもできなくなるんですよ。もう少し考えてから行動してくださいっ」

息を切らせながら言った俺の言葉にロランゲスの顔が曇ったがそれも一瞬後、珍しく笑顔を俺に向けた。

「私はレイス、おまえを信用しているからな。おまえが私の為に尽くしていることは感謝している」

「ロランゲス」

普段の彼の口からでは絶対でないであろう言葉に胸が締め付けられるように感じる。
いつもは勝手で人のことはあまり気にしていないけれどやっぱり見ているところでは見ていてくれるのか。

そうだな。いつもは彼の特異なところが目立つが気さくな所も彼の良いところで、それに……

「では、そういうことで今回は見逃してくれ」

「……えっ、ちょ、ちょっと……待ってくださいっ。待って、勝手に行くなっ、このっ、馬鹿上司っ!」

自分の命はどうでもいいのかっ!それとも俺に盾になれとでも?!
まったく…まったく、もうっ、ちくしょう!

「やってられるかーっ!!」

優秀で有能で高名な俺の上司ロランゲス。やっかいで世話がかかってそれでいて憎めない最高で最悪な存在に
俺の毎日は費やされているのだった。

それが俺にとって幸か、不幸かは……考えるまい……。



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