穏やかく蕾みて 



毎年この時期は心が落ち着かない。
気候のせいも多分にあるだろう。寒くなったり暖かくなったりと体も付いていかないがそれにつられるように不安と期待の気持ちが入り混じって
自分でも持て余してしまう。頭が重く感じるのはすべてを敏感に感じ取っているからなのだろうか。倦怠感を引きずるように綾香はある場所へと
向かっていた。



                                   * 

「ふぅ」

たった十五分程歩いただけなのにまるでずっと歩いていたかのように息が上がっているが幸い足には影響はなさそうだ。
かかとの高い靴だったらこんな時にはとても持たなかったかもしれないけれど、ここへ来るかもしれないと思ったから歩きやすい靴を履いて来た。
一人になりたい訳ではなかったが運よく誰もいない。手をあげて思い切り伸びをすると、そのまま顔を上へと向けた。

「もう少しだね」

高台にある一本の桜の木。
直ぐ傍にある公園の桜並木から離れたこの場所は迷い込んだ人くらいしか来ることはない。ひっそりと佇んだその姿にあるのはほんの少しだけ濃い色をした
桜色の蕾。花開く前の迷いながら待つ様が今の綾香の気持ちにぴったりと重なっている。いずれ来るその時に備えて準備をしながらも自ら進むことが
できないのは良い方へと導かれる為なのだろうか。
わからないからもどかしい。俯いた綾香の肩に柔らかな感触がそっと触れた。

「……沙耶……」

「ここだと思って」

いつもの明るい声が気遣うように優しく囁く。
出てこない言葉を気にした風もなく隣に立つと先までの綾香と同じように見上げる。

「今が一番好きだなぁ」

「……花が咲いていないのに?」

「正確には数個だけ花が開いている時が好きかな。もちろん満開でも綺麗なんだけどそうすると空が見えなくなっちゃうから」

「ちゃんと見えるわよ?」

「そうだね。でも、立つ位置を変えなくちゃいけないし、両方をしっかり見なくちゃいけないから大変だし。今なら空に広がるように見ることができるから。
 ありのままを見ることができるのが好きなの」

この先にも楽しみがあるって思えるじゃない。

そう言いながら大きく開いた笑顔は開けっ広げで少しも飾らない。それが高く広がる空と重なっているようで、綾香の心にも見えない何かを
運んできてくれた。

「よくわかったわね」

今日ここに来ることは誰にも言わずに来た。一緒に来たことはあるが綾香が気にいったといえる場所は一つではない。

「もっちろん、綾香のことならね。って言いたいけど私もこの場所大好きだから。それにこの前話してちょっと気になっていたからここかなって
 思ったの」

「そんなに変だった?」

「ううん。ただ、綾香だったらここに来るかなって思えて。それとも一人がよかった?」

「いいえ、ありがとう。来てくれて嬉しい」

「それならよかった!あ、そうだ。この後時間ある?」

「大丈夫だけど、何かあった?」

「うん。あのねっ、ここに来る途中に新しいお店を見つけたの!帰りに寄りたいんだけど」

「何屋さん?」

「和菓子屋さん!お店に桜餅とうぐいす餅のお知らせが貼ってあって茶房もあるみたいだったの」

「それは、外せないわね」

「じゃあ、ちょうどいい頃合いだし善は急げ!」

弾んだ声が綾香を導くように誘う。
明るくあるのはこの先に待つ時間だけのものじゃない。何も言わず綾香を探してくれ、気持ちを変えようとしてくれた沙耶に心の中で礼を言うと、
全てを満たされるために先に立つ沙耶の隣へと踏み出した。



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