もう少しこのままで
サッカーボールが勢いよくゴールネットへ吸い込まれる。ネットを揺らす音とともに審判の笛がピッチに音高く響いた。
「やった!」
「入ったっ。逆転だ!」
「時間はどう?あ、終了だ」
「あとロスタイムだけだね」
サッカー部の練習試合。
市内では一、二を争う強豪チーム同士の試合に土曜日だというのにギャラリーも多い。
もちろんそれぞれの学校関係者以外は校内立ち入り禁止だがこっそりと見に来ている生徒もいるようだ。
互いの高校以外の制服の生徒もちらほらみえる。
男子生徒もいるがそれ以上に女子生徒の浮き立つような姿が目立っていた。
サッカー好きな私にはそれがちょっと邪魔に思ったりもするんだけど観戦マナーはちゃんと守っているからよしとしよう。
それに騒ぎたくなるのもわざわざ他校侵入を犯して怒られるリスクをおってでも見てみたくなる気持ちもわかる。
生の試合の高揚感っていうのは一度覚えたら最高だから!
本当なら市内で強豪チームって言ったってその上には県内、地方、全国とあるんだからそれくらいの位置で
騒いでいちゃダメだって言いたいけど。
やっぱりその中にも目立つ奴ってのはいる訳だよね。
いい意味でも悪い意味でも。
礼をしてグランドから引き揚げてくる選手達。みんなそれぞれ思い思いの行動をしている。
仲間同士で喜びを分かつ者もいれば疲れて水を飲んだりタオルで汗を拭ったり。
応援してくれた人達の前で頭を下げている選手もいるけど派手にあちこちへと手を振っている奴もいる。
勝ったからいいけど負けても応援ありがとうの意味で同じようにするんだろうか。
笑顔でしたりしたら……殴ってやりたいなぁ。
「お〜い」
ひと際大きな声が聞こえる。
歓声にも負けない恥ずかしいくらいの大声。
ブンブンと大きく頭の上で両手を交差させるように振っているけど無視よ、無視。
「あれ、聞こえないのか」
独り言なのにここまで聞こえるってこと、気がついているんだろうか。
ただでさえ注目浴びてるのにそれ以上目立つ行動するなんて何考えてるんだか。
「聞こえないなら、せーのっ」
掛け声と同時にグランドで注目を浴びているのも気にせずにあいつは横を向いている私に
「里美ちゃ〜ん、見てくれてた〜?俺、頑張ったよ〜」
にかっと笑いながら、叫んでくれた。
一気に周りの生徒達が振り向く。
面白そうに笑う顔、あきれたような顔、そして
「ちょっとやめてよ。翔!」
慌ててグランドから出てきた翔に駆け寄った私へと突き刺さるような嫉妬の視線。
お調子もので元気もの。
それに何よりサッカーの実力は折り紙つきのエース背番号10。
偉ぶっていないから男子からも人気があるし、女子からは見た目も男らしいのにさわやか系でファンが不特定多数。
だからそんな人気者の幼馴染である里美は周りから一斉に注目を浴びていた。
「で、試合見てくれてたんだろ?今日はどうだった?」
そんなことお構いなしで能天気に話しかける翔に私は小さくため息をつくと気を取り直して翔へと答えた。
「マークされてるのわかってるでしょ?それなのに外から見ててわかり過ぎ。
蹴る方向もそうだけど最後のゴール2回外してるよね?あれ、攻め方単純だから読まれちゃってるわよ。
もう少しサイド使ったり、たまには自分でボールを持って行ったらいいんじゃない?
ここ最近のデータ拾えばわかっちゃうから」
サッカーはもちろん、今のスポーツはデータや理論が重要なポイントになっている。
チームや個人のものまで細部まで研究されていると思ってもいい。
自分やチームのスタイルを変えてまで試合をしなくてはいけないとは言わないが研究をされても
それをぶち破る程の気持ちと実力は持つくらいの心構えは必要だろう。
一応、小学生までプレーをしたこともあり大学でサッカーをしている兄がいる里美としては
的確な見方とアドバイスができると思っている。
「そっか。俺、いつもボールを追うと夢中になってわからなくなる時あるからなぁ。
今日は勝たなきゃって気持ちが先走っちゃってたし。
サンキュ!やっぱ里美はちゃんと見てくれてるから頼りになるよ」
満面の笑顔で私の両手を握ってちぎれんくらいの勢いで振る翔に私は慌ててもぎとる様に手を引き離した。
「おい、里美っ」
「こんな所で油売ってる場合じゃないでしょ。
反省ミーティングがあるんじゃなかった?早く行かないと!」
「あ、そうだった……やべっ、誰もいないじゃんか。
くそ、あいつら声をかけてくれればいいのに。
里美、すぐ終わるから待っててくれよ。一緒に帰ろうぜ」
「長引くでしょ、待ってられないわよ。先に帰るからね」
「ひで〜、早く終わらすから、絶対待ってろよ」
いいな、と念を押して部室へと走り出す翔に里美は小さくバーカと呟く。
「誰が嫉妬の上乗せするかっての。一人で帰るに決まってるって。
勝利の気持ちを皆でゆっくり味わってから帰りなさい」
試合の高揚感を味わいながらゆっくりと門へと向かって歩き出した。
一緒に分かち合うことのできる気持ち。
それを感じるには多少の余計な感情を浴びなくてはならないけど。
「これがサッカーへの愛情か、それとも幼馴染への友情?もしかして恋愛感情だったりして」
今の時点では深く考えたくもないし、わかりたくもない。
いずれ自分で自分を知らなくてはならない時がくるかもしれないけれど
でもそれを全部合わせたとしても翔の傍から離れることはできないから。
この関係を崩したくないからもう少し、もう少しだけこのままでね。
50000hit 2008・10・15達成
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