未来への扉 



私は今まで知らなかった。どれだけ自分が疎まれていたのかを。
今まで当然のように流れていた一日が、予想も出来ないほどに変わってしまった。

父の死と共に。



私の父は、村の権力者だった。

村の創設者の血を持ち、絶対的な発言力と行動力、そして人を惹きつけてしまう不思議な魅力の持ち主でもあった。

その父が死んでしまった。

私は今まで自分のことを知ろうとしていなかった。

故に、人々がどんな目で自分を見ていたかさえわかっていなかったのだ。

そう。父の娘であるということを除けば私は単なる性格の悪い、やっかいな小娘でしかなかったことに
気付きもしなかった。私自身に人が集まってくれていたのだと疑いもせず。

ふふっ。なんてお気楽だったんだろう。

今まで先を競って私の願いを聞いてくれた人々は、父の死からあからさまな態度を見せ始めたのだ。

嫌悪・軽蔑・哀れみなどの様々な感情をこめて。

今までと同じ待遇を求めていた私には、耐えられない状況だった。

虫のいい話だ。私が村人に与えたであろう感情を思えば。

絶対的な地位を持った者が無意識に押し付けていた理不尽とも呼べる態度を振り返れば。

今ならわかる。

だがわかっているだけでは一度崩れた関係は元に戻せない。
 
それだけのことを私はしてきたのだった。

もうここにはいられない。
自分に様々な言い訳をしながら私は村を後にしたのだった。


                      * 

身の回りのものだけを急いでまとめ人目につかぬよう夜のうちに逃げ出した。

どこへ行けばいいのか、これから何をすべきなのか。

今まで与えられることに慣れ続けたにはどうしていいかがまるでわからない。

こんなにも自分は無力なのか思い知らされるばかりでそんな自分に嫌気がさす。

苦しい想いふとすればどんどん深みへとはまってしまいそうな暗い気持ち。

誰かに傍にいて欲しい。私に向かって微笑んで欲しい。

貪欲なほど一人だということがわかってしまう。

夜が明ける。一人になって初めての朝。

これからどれだけこんな朝を迎えるのだろうか。

だけど今は進むしかない。
たとえ何が待っていようとも、たとえ一人が苦しくとも。


                   *

疲れた身体を引きずるように歩く。
 
いったいどれだけの時間が過ぎたのか。陽はすっかり高くなっていた。

その場所に出たのは偶然だった。

蒼く澄んだ湖。ピンと張り詰めた空気さえ漂う。

は自分の心までもが洗い流されるような感覚に身を任せていた。

意識までが現実という縛られた世界から切り離される。
 
物理的なものを受けつけない聖なる場所。

意識に他なる声が聞こえてきた時も、は半分夢の中を漂っているような状態に陥っていた。

まるで泣いているような物悲しい声。

(あなたはどこにいるの?何を探しているの?)
姿なき声に呼びかける。

ふとすれば自分さえその想いに引きずられそうになってしまいそうだ。
だが声ははっきりと聞き取ることが出来ない。

「あなたはだれ?どこにいるの!!」

自分の意識を覚醒させようとは必死に声を絞り出した。



その人の体は宙に浮かんでいた。

意識がはっきりしてきた今でも見間違いはない。身体が透けて向こう側の景色が見える。

(人じゃないっ!!)

あまりの衝撃に身体は逃げたがっているが、目を吸い込まれるように離すことができない。

何をするでなくとも周りを呪縛してしまう。それ程の圧倒的な存在。

「私はおまえを待っていた。私はおまえと共にあるもの」

は一瞬、言葉の意味を取り損ねる。

「私と?待っていた?」

彼が何を言っているかがわからない。
私は彼のことを何も知らない。それどころか自分自身さえこの先のことなんて何もわかっていないのに。

「訳のわからないこと言わないでっ!私をどうしたいの?これ以上私に何をさせるの?!
 どれだけ苦しめてみじめにさせるのよっ!
 ……もういやっ!何も知らないまま、今までと同じ想いをすることになるのはっ!!」

恐さなんて忘れてしまった。強い想いだけがの心を支配する。

流されるままに何かをするのはもう嫌だ!!後で後悔するようなことだけは二度としたくない!!

激昂するままに思い切りかぶりを振った。

そんな私に彼は静かに語りかけた。私の想いを感じとっているみたいに。

「私はただおまえに私を見つけて欲しかっただけ。おまえと共にありたいだけだ」

静かに、ただ静かに彼はそっと告げる。
青い目で私を見つめながら。
本当に吸い込まれそうだ。私の何もかもを。

その瞳を見つめながらは思った。
未来(さき)が決まっていなくとも、これから自分は歩いていくことになる。
それなら一人よりも二人の方が何か出来るのかもしれない。
そんな他力本願的な他人のせいにしてしまえそうなことを考えてしまう。

結局私は卑怯だ。
でも私の罪をこの人なら一緒に背負ってくれるだろうと、この人なら許してくれるだろうと感じた。

同じ事を繰り返しそうになったら、彼が傍にいてくれる。私を諫めてくれる。
この先私は彼と変わっていけるのだ。
たとえ彼が何であろうとかまわない。たとえ何であろうとも。


                        *

はぁ。

のため息が静かな森の中では実際より大きく聞こえる。

「何を朝からため息をついているのだ。うっとおしい」

ため息の元凶がその実体のない体での横を歩きながらそっけなく注意する。

……外見にだまされた。

今では教訓の一つに加わったことを更に実感しながら相手の顔を覗き込んだ。

「誰のせいだと思ってるの!?私だってため息なんてつきたくないわよ。
 でもそうでもなければやってられないじゃない」

半ば投げやりの言葉をは彼─リュシィエールに投げつける。
だがそんな私に意味がわからないというように首をかしげながらリュシィエールは先を促した。

「あなたが人間じゃないのは見ればわかるわ。でもあなたが元は水竜と呼ばれるもので
 今はその身体が[剣]なんてそんな嘘みたいな話誰が想像できるっていうの?!」

いくらが怒鳴ったところで事態が変わるわけでもない。

でも、でも、こんなことは予定外だ。
それともこれこそが私に与えられた罰なのか?

「わからないな?おまえが受け入れたのだろう?」

どうやら本気でわからないらしい。その様子にまたため息がでそうになる。

「おまえが何を悩んでいるのか知らないが大丈夫だ。まだ実戦は当分先だ」

彼はあくまで静かに言うのだ。美しく微笑みながら。

今の私にはわかる。その微笑には裏があると。
私はいずれ来る本番にそなえながら彼と旅を続けるのだ。
悪評判で世間を騒がしている元聖なるものを倒すという罪とも言えなくはない所業に向けて。
それが彼に与えられた役割なのだから。



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