加護を受けし者 



立ち並ぶ家の軒先に掲げられた松明の炎が静かに揺れていた。
山に囲まれるように広がる小さな街ゲセルド。いつもはひっそりとしている街も今宵は普段と違って活気に溢れていた。
街中の人が眠らないでいるのではないかと思うほど、あちこちで人々は話し、笑いあっている。
どの顔を見ても暗い影はない。自分達の未来を信じ、先へと進む表情をしていた。

「どうした」

人々の輪から離れ、川辺にある柵にもたれてぼんやりとしている少女の隣に並ぶと青年は言葉と共に手を差し出した。
この地方特産の酒が入ったグラスは炎を映し鮮やかな色を放っている。が、少女はその手を軽く押し返すと首を振った。

「お酒はまだ飲めないわ」

「今日くらいいいだろう。それにこれはただの酒じゃない。俺からおまえへの手向けだよ」

明日この街を離れる少女への祝いの意味もあるのだろう。
だが、それは今日限りでここにいられないことを強調しているように思えて、少女の胸を苦しくした。

「レゼル。私ここから離れたくない」

わかっていたことではあるけれど、それでもここから離れたくなかった。
街と言っても村より少し大きい位で小さな所だから皆知り合いだった。
たまに出て行く人もいたけれど、何か行事があればちゃんと戻ってきて笑顔を見せてくれる。
自分が出て行く時もそうであろうと思っていた。いつかその日が来ても必ず戻ってこれると思っていたのに。
それなのにどうしてこんな信じたくない結末が用意されていたのだろう。

「それでも行かなくてはならない……そうだろう?リィル」

「うん」

本当はわかっていた。いくら否定したくても逃れられないことを。
小さな頃から兄と慕っていた青年にはそんなリィルの悩みなどとっくにお見通しだった。
怖れや不安ばかりが支配している心の中なんて。
己の体に印されたものがある限り、ずっと消えてはくれないものを抱き続けていかなくてはならないということを。

「おまえなら大丈夫だ」

全てを見てくれていた彼が言うのなら信じたい。
自分で自分が信じられなくても。不安だらけの自分でも。

「失敗なんて当たり前だ。最初から完璧なんて逆に損をしている。
 これから乗り越えていくものを手に入れていくことができないんだから。
 おまえはおまえだ。不器用な所はあるけれど決して腐りはしない。
 失敗しても人より覚えることが遅くても最後までやり通すことができる。
 それを克服できているんだ。それがおまえ、リィルだろう?だから絶対に大丈夫だ」

確信をもって断言するその言葉の強さに引きずられる。
自分は大丈夫なんだと。自分を信じることさえできれば乗り越えて行くことができる、って。

「おまえの背負っているものは重いけれど、それを気にする必要はない。
 気にすればするだけ余計に重くなる。人目も気になる。
 そんな余裕があったら早くここに戻ってくることだけを考えていろ」

「え?」

「戻ってくるんだろう?」

「……うん」

「それでこそリィルだ」

諦めていた自分をわかっていたレゼルらしい言葉。
本当はそんな簡単なことじゃないって知っているはずなのに、そう言ってくれる。
その優しさに胸が熱くなった。

「帰ってくる。勉強、ちゃんとして必ずここに帰ってくるから」

左の手首にある炎の印。炎を御する者としての証を立派に使いこなせるように。

ここが好き、ここに住む人達が好きだから。

「楽しみに待っている」

柔らかい微笑みが胸に沁みる。
その物悲しい気持ちが伝わって来るような微笑みはこの先リィルの心の支えとなってくれるだろう。

今日の約束を果たすために旅立つ。

ずっと前を向いていこう。そして、いつか必ずここに戻って来よう。
リィルは声のない誓いを込めるとグラスにそっと口をつけた。



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