永遠の魔法 



― 時間 ―  

それはセライラにとって限られたものであり永遠に続くものでもあった。

物心ついた頃には自分に命を与えてくれた両親という存在は既になかった。
この世から別の世界へと旅立ったのか、ここから新たな世界へと足を進めたのか
その行き先や理由すらわからない。

仲間のエルフに聞いてもろくな返答は返ってこなかった。
というより、己の欲求を満たすこと以外には関心がないと言った方がいいのだろうか。
同じ種族でありながら心の内で共有することができない仲間の存在がセライラにとっては苦痛だった。

だが彼らにもセライラの存在は理解不能で苦痛であっただろう。
感情というものを溢れるくらいに持ち合わせているのはセライラだけであったから。
お互いを理解しようとしても根本から違うのであれば分かり合えるのは困難を極める。
限られた時間を苦痛を伴いながら積み重ね、永遠ともいえる時間を生きていくことは試練に他ならなかった。

仲間の中にいながらも一人孤独に苛まれるセライラ。

自分の中に何かを掴んで道を開きたい。

セライラの想いは溢れそうなまでに膨れかえっていたがその為にはきっかけが必要だった。

時は変わらず流れて行く。

しかし、森の木が種から成長し、やがて次の命を育むのを記憶として残した頃待ち望んでいた扉は開かれた。
怪我をしてエルフの住む森に迷い込んだ一人の人間の青年によって。
森から出ることもなく、知識として知っていただけの人間に初めて出会ったセライラはまるで今までの自分から
解放されたかのように青年に夢中になった。

自分の言葉に反応し、感情を露にしてくれる初めての人。
うれしくて楽しくて、時間を忘れるほどにいつまでも一緒にいたかった。
そしてそれはやがて他の感情を生み出す。

だが幸せも長くは続かない。
お互いの種族としての違いを意識してしまった青年は悩んだ末、引き裂かれるような想いをしながらも別れを決意した。
一度この場所を離れてしまったら二度と会うことは叶わないかもしれない。
いや、きっと叶わないのだろう。
それでも振り切ることしか考えることができなかった別れを。


                 *

森の木々が今にも去り行く背中を隠してしまいそうだった。

「待って!」

セライラの呼び止める声に前に向かって歩を進めていた足が躊躇うように数歩進んだ後その歩みを止めた。

「お願い……」

消え入りそうな悲しみに溢れた声。
木々がセライラの気持ちに応えるようにザワザワと葉を揺らす。

「行か……ないで」

涙の混じった声に男の身体がほんの僅か震えたが、一瞬躊躇した後、振り切るように再び歩き出した。

「行かないで……」

その場に崩れ落ちるように座り込んだセライラを振りむくことなくやがて男は森から去っていったのだった。



行ってしまった。
私をおいてあの人は現実の世界へと戻っていってしまった。

流れ落ちる涙で頬を濡らし、震える足に懸命に力を入れてセライラはゆっくりと立ち上がった。

追いかけて行きたい気持ちと受け容れてもらえないだろうと半ば諦めの混じった相反した思いが足を
その場に縫いとめてしまう。

「わかっているだろう、セライラ」

振り向くとそこには無表情な顔の同属の青年。
立ち尽くすセライラを容赦のない青い瞳が捕らえる。それは心の奥底まで探るような冷たい光を纏っていた。

「時間の限られた命を持つ者とは我らは相容れない」

永遠の時間を過ごすものにとって感情は不要なものなのだろうか。
同じエルフの青年の言葉はセライラの心を突き刺した。
そんな痛みを感じることでさえエルフにはありえないこと。
自分の想いが他のエルフに通じるのかどうかわからない。

いくら私が種族にとって異端の存在であろうとも私は私の想いを諦めることなんてできない。
決してできはしない。

「貴方は初めから相容れないと決め付けてしまっているけれど私は……そうは思わない。
 相容れないと言うのならどうしてこんなに惹かれるの?
 どうして胸が張り裂けそうな程、苦しい思いをしなくてはならないの?!」

心が通じて初めてわかった。

種族なんて関係ない。好きという気持ち、相手を想う気持ちに違いはないって。
たとえ困難が進む先にあるとしても、お互いを想う気持ちがあれば大丈夫だって。

「生きる時間が違うから別れなくてはいけない?
 終わりが来る前に気持ちが離れていく。そんな悲しいことを受け入れなくてはいけないの?
 どうして私が永遠の時間を生きていかなくてはいけないからってあの人と同じ時間を歩めないって決めつけてしまうの!?」

引き裂かれるような気持ちのまま、別れなくてはいけないなんて。

永遠の命を持つものだから?
人間にはない力を持っているから?

それならそんなものなくったっていい。そんなものなければいいのに!!

「我らは我らの関わりだけを持てばよいだけだ」

「……だから滅びの道へと進んでいく」

目の前の青年にはわからないだろう。事実を事実としてしか受け入れられないエルフ達には。

「それも運命(さだめ)」

「私はそうは思わない」

永遠の命を時間を持つものが何故滅びの道へと進んでいくのか。
それは人間にあってエルフにないものがあるから。
それに気がつかない間はエルフの滅びへの道に歯止めは掛からない。

だから

「あの人を追いかけるわ」

諦めるなんてできない。
何をするでもなくその場で立ち止まってしまえばそこにあったはずの可能性さえも捨て去ってしまうことになるから。

セライラが求めるもの、それはエルフを真の永遠の種族へと変えていく可能性を持つ。

「あなたが好きだから……あなたのもとへ」

追い求めて行く。
時間さえ遮ることはできはしない。愛と言う名の永遠の魔法を。



エルフ
命長き孤高の存在
そして宿したる魔法の力は永遠を放つ
と伝えられる。



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