デート
きっかけ
「なあ、サーシェス。俺らってしばらく休みに入るんだよなぁ?」
「おまえは私の話を聞いていなかったのか」
「その話が出たのって三日前だろ?俺はちょうど街でいざこざがあって出払ってたんだよ」
「それでも後で確認はできるだろう。連絡事項は常に確認するように言ったあったはずだ」
「だからその暇もなくって今さっき知ったんだよ。で、休みになるんだろ?」
「……ああ、そうだ」
何を言っても応えないヴァルアスに疲れ、仕方なく肯定をしたサーシェスにヴァルアスは満面の笑みを浮かべ
やったと小さく声を漏らした。
「じゃあ、フレイアももちろん休みだよな?よしっ、それなら決まりだ。久しぶりにフレイアと出かけるか!」
「……待て、ヴァルアス。私は二人で出かけてもいいと許可は出していない」
「許可?そんなもん取る必要なんてないだろう?プライベートなんだし。それに二人きりだったら仕事の時だってあったぞ」
「それとこれとは違う。我々全員が休みならおまえだけフレイアと出かけるのは公平ではない。
わかった、他の奴にも出かけられるように連絡をするからおまえはここで待っていろ」
「はぁっ!!おいっ、サーシェス。そんなことしなくてもいい。
他の連中に知らせるなんて余計な事だっ。おいっ、人の話を最後まで聞けよ!」
執務室を出て行くサーシェスを慌てて呼び止めたヴァルアスだったが時既に遅し。
何事の対応にも早いサーシェスを追いかけようと廊下に出たヴァルアスの前に広がるのはしんと静まった誰もいない空間だけだった。
リュークエルト&フレイア
「フレイア」
呼ばれて振り向いた先には爽やかに微笑む青年の姿があった。
普段仕事をする時とは違い、少し砕けながらも彼らしさを失わない、しかもスタイルのよさがはっきりとわかるその姿に
フレイアは見惚れてしまう。
「フレイア?」
どうかした?と問いながらボーッとするフレイアの目の前にリュークエルトの顔が近付く。
「……っ!!大丈夫です!何でもありませんっ」
慌てて顔の前で手を振るフレイアを心配そうに見ながらもリュークエルトは姿勢を戻すと左手を差し出した。
「……?リュークさま?」
「危ないから」
戸惑うフレイアの手を掴むと自分に引き寄せる。
「行こう」
少し強引気味に、でも包む手は優しく温かくて。とても素敵な場所を見つけたから、と歩き出す。
澄んだ空気はリュークエルトに似ている。
自然なのにいつの間にか自分を自分でいさせてくれるのは彼が彼だからいつでも安心していられる。
フレイアは繋がれた手をキュッと握り返すとリュークエルトへと微笑んだ。
ヴァルアス&フレイア
「ちょっ、ちょっと!ヴァルアスッ!」
「さあっ行くぞ!」
待ち合わせ場所にフレイアが来た途端、手を引っ張られてグイグイと前へと進んでいく。
もつれ気味の足を気にするフレイアにもお構いなし。
楽しそうなヴァルアスの顔に周囲のすれ違う人達も振り返る程だ。
「待ってったら!」
しばらくそのまま歩いていたがどうにも歩きにくい為に息を切らし始めたフレイアはヴァルアスの手を引っ張って
足を止めるように促す。
それでようやくフレイアの様子に気が付いたのだろう。
ヴァルアスは手を離して向き直ると心配そうに俯いて息を整えているフレイアを覗き込んだ。
「悪い、大丈夫か?」
突然至近距離で瞳に飛び込んできたヴァルアスに動揺したフレイアは思わず突き飛ばしてしまう。
「えっ、うわわっ!」
いきなりの衝撃に驚いただろうが持ち前の身のこなしでその場から少し移動しただけで転ばず踏みとどまった。
「……フレイア」
「ご、ごめんなさいっ」
謝りながらもドキドキが止まらない。いくら免疫が付いてきたとはいえ、突然ヴァルアスに来られると心臓に悪い。
それは不安と期待感の両方が入り混じったものだが。
「あ、の、もう少しゆっくり歩いてくれる?それでこれからどこに行くの?」
「ああ、悪いな。つい早くって夢中になっちゃって。
フレイア、お菓子好きだったろ?新しい店が出来たって聞いたからさ、そこに一緒に行きたいなと思ったんだ」
「お菓子のお店?」
「いつもフレイア頑張ってるからさ、ご褒美だ!おいしいもの食べてゆっくりしよう!」
「ヴァルアス……」
「さあ」
「うん」
とっておきの時間はとっておきの人ととっておきの場所で。
ゆっくり、ゆったりと過ごしたい。とても大切で素敵なひとときを。
ルティ&フレイア
カランカランッ。
ドアベルの音が明るく響く。
少し薄暗い店内には所狭しと商品が置かれている。この光景はどこか懐かしく、そしてある場所と重なって見えた。
「遅いっ」
いつもの聞きなれた一声が背後から掛かったがフレイアはその声に微笑むと声の主へと向き直った。
「ごめんなさい、お待たせ」
思い描いていた通りのルティの表情にも気にせず、フレイアはルティの両手にある商品を指差した。
「これ、薬草?」
どうやら待ちきれず目星の商品を選んでいたらしい。微笑みの表情を崩さないフレイアに諦めたルティは
一つ一つ説明を始めた。普段手に入れにくいものが今回入荷したと言う。
そのために休暇の今日、店内を見るついでに購入にきたのだ。
「それだけじゃないけど」
「薬草だけじゃなくて他にも?」
「おまえにこの店を知って欲しかったって言うのもあるがもう一つ目的がある」
「目的って?」
「……」
「ルティ?」
「これ」
「私に?」
差し出されたのは月の形の透き通った薄い青色のガラス。
鎖がついているからペンダントだろう。とても繊細な細工も施されている。
「ルティ、これ……私に?」
「……前に来た時に頼んでおいた。おまえに似合うものにしたつもりだ」
この店はアクセサリーも取り扱うのだが客の注文によってデザインや加工もしてくれるのだと言う。
「それじゃあ、ルティがデザインしてくれたの?」
「もちろん。これ一つしかない」
胸が温かくなる。普段は厳しいことも言うのに、時々こうしたさり気ない優しさと幸せをくれる。
それは余計自分へと心を引き付けるってわかってやっているのかしら?
「ルティ、ありがとう!」
飾らない言葉はそのままの意味をちゃんと伝えてくれる。
フレイアがルティへと向けた笑顔は今までで最高の満面の笑みだった。
サーシェス&フレイア
「ここでいいのかな?」
指定された場所へと来たフレイアの心臓は緊張のあまりドキドキ波打っている。
シンと静まった辺りに人影は全くない。それもそのはず。
ここは城の中でも立ち入り禁止の地区に指定されている。
見つかったら何かしらの罰則もあるかもしれない。
「でも、大丈夫よね!?」
規則だとか決まりごとに厳しいサーシェスが指定してきたのだ。
黙って、ということはないだろう。
「待たせた」
「わっ!!」
急に掛かった声にフレイアの背中がビクッと震えた。
何の気配もなかったわよっ!!
何か恨みでもあるのだろうか。まさかこれも意地悪の延長なのかしら?
「何をボサッとしている。行くぞ」
「待ってよっ」
さっさと先を歩き出すサーシェスの背中を我に返ったフレイアは慌てて追いかけた。
*
「ここ……?」
「どうだ?なかなかいいだろう?」
城の最上階にあたる部屋。昔、高貴な者が罪を犯した場合に幽閉された場所がこの部屋だと言う。
最近はそういったことがないのでここは開けられることがなかったがもし今でも該当するものがあれば
直ちに使われるそうだ。
「でもなんで入れるの?」
「この部屋の管理は私に任されている。普段使うことはないとしても常に使える状態にしておかなくてはならない。
そのために定期的にこの部屋を訪れている訳だ」
そうなのか。それにしてもサーシェスの仕事の量はどうなっているのだろう。
今回は休みが取れたとはいえ、あまりゆっくりなどという休みはないのではないだろうか。
「すまなかったな」
「え?」
「本当はせっかくの休みなのだから外にでも、と思ったが休みとはいえ急の呼び出しもあるかもしれない。
だからここにするしかなかった」
「いえ。ここは普通じゃ入ることも出来ませんし、なかなか貴重な場所に連れてきていただきました。
ただ、幽閉されていたと聞いてちょっと怖かったですけど」
「この部屋と言うより……」
「?」
「この部屋から見える景色を見せたかった」
窓から見えるフィンドリアの風景。街の様子、森、山々、湖、そしてどこまでも続く空。
「きれいだろう」
そう言ったサーシェスの顔から目が離せなくなった。柔らかい瞳の色と優しい表情に引き込まれて。
「きれい」
眼下に広がる景色より捉えられてしまう。忘れられない、きっと。
心に響く、この風景が……。
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