暑い日の出来事
「ったく〜、なんでこう毎日暑いんだ」
ヴァルアスはそう言うと襟元をくつろげ、片手でパタパタと仰いだ。
風がこないとわかっていても気分だけでも涼しくなりたいからだったが、そんな彼に容赦ない声が掛かる。
「日頃の鍛錬が足りないからだ」
この部屋の持ち主サーシェスの冷血、いや冷静かつ厳しい言葉が的を絞ったように一直線に飛んできた。
いつもと変わらないサーシェスだとわかっていてもやっぱり気分がよくはない。
我関せずとの態度のサーシェスを横目で睨みながらヴァルアスはふて腐れたようにポツリと呟いた。
「どーせ俺は修行不足だよ」
もちろん本人から反応はなかったが、少々面倒くさそうに別の声が答える。
「って言うより肉体馬鹿?」
椅子に座ったまま表情を変えずさして興味も無さ気にキッパリ言い切ったのは、色の白い可愛らしい顔をした少年。
早くここから立ち去りたいのか、やたらと外を気にしている。
どうやら自分の鬱憤を晴らしたいが為に八つ当たりめいたことをしたらしかった。
そんな少年にムッとした表情を向けたヴァルアスは逆襲とばかりに少年に近付くと外へと向けていた顔を両手で挟み、
強引に自分の方へと向けなおした。
「っ、なっ」
「何言ってやがる。おまえだってクスリ好きのゲテモノ愛好家だろうが!
やだね〜、世間はこのかわいらしい顔にどれだけ騙されていることか。一歩間違えればそれこそ救いようが無いほど
別の世界へ行っちまってるぜ」
わざとらしく大きくため息をつく。
少年、ルティはそんなヴァルアスをギッと睨みながら強引に挟まれた両手から自分の顔を引き剥がすと感情のままに
口を開こうとしたが、それは横から入った影に引きとめられた。
「ヴァルアス、ルティ。いいかげんにしないか」
少し強めに言いながらも優しい口ぶり。
いつも二人が言い争いを始めたら自然と仲介役になってしまう、損な役割を担っているリュークエルトがお互いの顔を
見ると言い聞かせるように話し出す。
「暑くてイライラするのはわかるが、そうやっていると余計に時間が掛かるだろう?
早く終らせるためにも無駄口を叩かず聞いていればそれだけ余分な時間はいらないと思うが。
ルティ。いくら俺達が暑さに強いと言ってもヴァルアスの暑さに対する抵抗力は俺達とは少し違うんだ。
それを考えてやれ。
ヴァルアス、おまえもだ。暑さに耐えられないのはわかるが、ほんの一時我慢して早く終らせられるよう
努力してくれ。おまえだってここにいるより自分の屋敷の方がよっぽど涼しいだろう?」
「そりゃそうだけど……」
「だったら、これ以上文句は言わない。わかったな」
「了解」
「よし。では、サーシェス。続きを手早くお願いします」
「……おまえもなんだかんだ言って文句を言いたいんだな」
「お言葉ですがあなたがさっさと終らせないのが悪いんでしょう?
それにあなたが一番暑さには強いんですからね。あなたが耐えられる限度と一緒にしてもらっては困ります」
ニッコリと笑顔で辛辣な言葉を言うリュークエルトにサーシェスは口を開きかけたが優し気でいて意外に強情で意志の強い
リュークエルトに勝てないと踏んだのか諦めたように口を閉じた。
こんな自我の強い連中を束ねなければならない自分にため息をつくと目をつぶり、頭が痛いと言った風に片手を当てた。
「暑さよりもこいつらの感情の熱の方が俺にはやっかいでたまらない」
めったに聞かれない冷静沈着、冷血無比なサーシェスの泣き言が呟かれたが他へと意識を向けられた三人の耳に
届くことはなかった。
ある暑い日の出来事。優秀な若手国事官吏官であり、旧家の子息の集まる第二国事官吏室。
彼らの日常はその仕事ぶりと同様波乱に富み忙しい時間が流れていたが、時には穏やかであたりまえのひと時も
過ごしていたのであった。
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